忍はファッションもヘアスタイルも中性的。ぱっと見は男の子と見間違える感じの美人だ。
高校二年生の今、友達と組んだバンドでギターボーカルをしている。
今日はギターの弦を買いに楽器屋へ来ていた。
弦が置いてあるコーナーで選んでいた時、ふと横を見ると、アコギのハードケースを背負ってピックを見ている男がいた。
ハタチくらいだろう。
ボサボサの天パの黒髪にヘッドフォンを首にかけ、
黒いジャージを着てボロボロのジーンズを履いている。
男はしきりに、ピックの硬さを確認し、なにやらブツブツ独り言を言っていた。
やがて男は一つを手にするとそのピックを見つめたまま振り返って歩き出して、忍に正面からぶつかった。
「うぅわ!!」
男は皿をひっくり返してピックをぶちまけながら忍もろとも派手に転んだ。
忍は上から降ってきたピックだらけになった。
「いった…ちょっと、なにしてんだ、よ…」
と文句を言おうとした忍は、男が自分に覆いかぶさる形になっていることにびっくりした。
なにこのシチュエーション?!
近い近い近い!!
となんだか分からないけどドキドキしてしまった。
「いたた…ご、ごめんなさい!!あー、こんなピックだらけになっちゃって…」
男は忍の頭や肩に降り注いだピックを払いのけた。
「い、いいから、とりあえずそこどいてください」
「あ、ごめんなさい!」
男は忍の上から離れ、はいっ!と手を差し出し、忍はその手に捕まって起き上がった。
「ほんとごめんなさい!俺全然周り見てない時あって…怪我してないですか?」
「怪我してないから大丈夫ですよ。
ていうかお兄さん、選んでたピックどっか行っちゃったんじゃないですか?」
男はハッとして手の中にピックがないことに気づいた。
「あっ!また探さないと…あ!ちょっとそのまま!動かないで…」
男はそーっと忍に近づいてきた。
真顔でガン見しながら。
(えっなになにこいつ意味わかんない)
忍が何されるのかと固まっていると、男はそっと忍の肩に手を触れて、
乗っていたピックを取った。
「これこれ!あーよかった。これが硬さも握り加減も最高なんですよ!最高の一枚!」
「あー…そう…」
男が1人で喜んでいるのを尻目に忍は床に散らばったピックを拾った。
「あなたの邪魔してごめんなさい!
ええと…弦選んでたんですか?
俺、お詫びに弁償、じゃなくて買います!」
言いながらバッと深々頭を下げる男。
「おい、またセナかよ、何ギャーギャーやってんだ。」
店の奥から店員さんがやってきた。
「ヒトシさん、俺また周り見ないでぶつかっちゃって…この人に弦を買いたいんですよ!皿ぶちまけちゃって、ピックはあったんですけど、申し訳なくて!」
言ってることが要領を得なくて、こいつは何語を喋ってるのかな?と忍は思った。
忍の反応とは反対に、店員のヒトシさんは、温かい眼差しで男を見ている。
「分かったよ。お客さんすまないな。セナは悪気はないんだ。
ちょっと変な奴って思うかもしれないけど気にしないでくれよ。」
「はあ…」
忍は間の抜けた返事をした。
「俺この人にお詫びしたいんだけど」
「お客さん、こう言ってるけどどうする?」
「いや、いいですよ。気にしてないから。」
忍の言葉にセナは心底申し訳ない顔をして頭を下げた。
「こいつこう見えて結構人気あるミュージシャンなんだ。
変なやつだと思うだろうけど、もし興味があったら聞きに行ってみなよ。
場所は路上だからタダだよ。」
「へぇ、路上で」
このおかしな男が一体どんなライブしてるんだろう。忍は興味が湧いた。
「いつやってるんですか?見に行きます」
「え!来てくれるんですか!うわ、嬉しいな、えーとスケジュールは…」
セナは持っていたギターのハードケースを置いてフタを開け、中をガサゴソとかき回しはじめた。
色んなチラシがごっちゃに入っているようだ。
「ありました、これです!今月のスケジュール!もし予定空いてたら是非待ってます!」
受け取ったチラシは、なんの飾り気もなくただ場所と日付と時間がペンでざっと書いてあり、
1番下に「片岡瀬名」と書いてある。
「わかりました。今度行きますね。それじゃ」
忍は目当ての弦を買うと、店を出た。
これが忍とセナの出会いだった。
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