忍と『変人』ミュージシャン③

忍は頻繁にセナのライブに足を運ぶようになっていた。

ずっと来たがっていた、バンド仲間で親友の誠司とも一緒に来るようになった。

セナも誠司と打ち解け、3人でたまに一緒にご飯に行ったりするようにもなった。

そんなある日、いつものように忍と誠司はセナの路上ライブを観に来た。


セナはライブ前に念入りにチューニングし終わると、一呼吸して、喋りだした。

「いつもありがとうございます!片岡瀬名です。
俺今日は始めに言っとくことがあって、その、大学がテストなんです!
しばらくライブ出来ないんで、今日は俺が好きな曲…全部好きなんすけど、特に大事な曲やります。」

セナはもう一呼吸した。

「俺を忘れてもいいけどたまに、よかったら思い出してください。
思い出さなくてもいいけどなんとなくぼんやり輪郭が浮かぶくらいでいいんで。
天パが浮かんで誰だか分からないくらいでいいんで」

周りからはクスクス笑いがおこった。
そしてGをダウンストローク。ライブが始まった。

ハンドル握ると人格が変わる人がいるらしいけど

セナの場合歌い始めたら顔が変わる。

無邪気な顔が、侍みたいな命がけの顔になって全身全霊で歌う。

横では誠司が感動して泣いている。
まじか、写メ撮りてぇ。

と思いながら忍もちょっと泣きそうだった。

10曲を歌い終わると、セナは大きく息を吸ってお辞儀をした。かなり息が上がっている。

「今日はいつもより短いんですけどごめんなさい!!
しばらくライブ出来ないから長くやりたいんですけど、昨日寝てなくて!
バカすぎるんですけど、今日はこれで終わりです。」

周りからは笑いながら拍手が起こった。

「バーカ、ちゃんと寝ろ!また待ってるぞ!」

誰かが野次を飛ばした。

「すいません!今日帰ったら明日の朝まで寝ます」

そして前のように小一時間客とのやりとりがあって、パラパラと帰って行った。


忍は思った。今日のセナさんなんか違う。

疲れてるんだろうけど、それだけじゃないような気がした。

「セナさん」

終わると、忍は声をかけた。

「今日、なんかあったんすか?」

「アハハ…今日ライブの日だって言うのに寝坊しちゃって!眠気が取れないんですよね」

キレがない。

「そうっすか…あ、これコーヒー、飲んでください」

誠司が差し入れた。

「ありがとう、眠いから助かります!」

セナはグイッと飲み干すと、ギターケースを背負って立ち上がった。

その時グラリと倒れそうになった。

誠司が驚いてとっさに支えた。

「うわ、どうしたんすかセナさん!」

「あ…ごめんなさい、なんか…無理っす」

そのまま意識を失ってぐうぐうと眠ってしまった。

2人はしばらく芝生の上で寝かせて様子を見ることにした。

直接芝生に頭置くと痛そうなので、忍は膝枕をした。

誠司はベルトを緩めてやった。

「超寝不足だったってことね…」

スヤスヤと眠るセナを見て、忍はポツリと言った。

「たしか毎日バイトしながらテスト勉強もしてるんだよな。それであんなライブしたんだからすごいよなあ」

誠司がうなる。

セナはムニャムニャうーんとか言いながら寝ている。

変なやつ。

忍は改めて思った。


しばらくしてセナは目を覚ました。

「……?」

寝起きの目でぼんやりと頭をかきながら、状況を飲み込めないでいるようだ。

ムクリと起きがあると、
「…ユイちゃん?」

と言って忍を目を細めてみた。

「ちが…」

言い終わるより先にセナは忍を抱きしめた。

「ユイちゃん、よかった治ったんだ…」

「ええっ?!違う違う!!」

忍はセナを引き剥がすと僕は忍だよ!とセナを揺すって言った。

「あ…?あー!!忍さん!!あれ?!なんですかこれ?なになに?なんで俺ここに?」

「ライブの後にぶっ倒れて寝てたんですよセナさん。よっぽど寝不足だったんですね」

誠司がセナの驚きようを面白がりながら言った。

「えっ、そうなんですか!!うわー俺何やってんだろ。2人ずっといてくれたんですか?ごめんなさいほんとに」

「いいっすよ。でもセナさんそんな様子じゃ死にますよ、やつれてるし」

「そっすかね…やっぱりやばいかな?飯はちゃんと食ってるんですけど…もう少し寝るようにしよ。
あ!バイトの時間だ!!ごめんなさい、2人には今度お礼します!ほんとありがとう!!今日はこれで!」

と言うとセナは時々ふらつきながら消えていった。

「エガちゃんかよ…」

「ところでユイちゃんって誰だ、彼女かな?」

誠司がポロリと言った。

忍はさっきの感触を思い出してなんだかドキドキした。

「そうかもな。治ったとか言ってたから、病気なのかな。」

そんなことを話しながら2人は帰った。

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