宵闇が街を覆う頃。
悠斗はスタジオ練習を終え、ベースを背負って帰路に着いていた。
イヤホンからは最近お気に入りのトーキングヘッズ。ニューヨーク発のニューウェイブバンドだ。
悠斗の家は駅から徒歩で15分ほどの距離にあった。11月の夜風は肌寒く、革ジャンを冷やしていく。
この辺は学生街であり、飲み屋もひしめく街は酔った若者が騒いでいて、朝まで眠ることはない。
若者たちは何も怖いものが無いかのように、束の間の若さを酔いに任せて謳歌していた。
悠斗もそんな若者たちと同年代だったが、彼らのように騒ぐ気にはなれなかった。
愛想が良くて明るくていいやつだとよく言われる。美形で人懐っこく誰からも好かれる。
だけど、本当の悠斗は、いつもいつも、心の中に埋められない虚しさを感じていた。
そんなことは誰にも言わないし、誰も気づかない。
悠斗は本当は誰のことも好きではなかった。誰のことも信用していなかった。一人でいる時が一番心が安らいだ。
誰も、それには気づかない。
「ただいま。」
悠斗は帰宅すると誰もいない部屋で呟いた。
靴を脱ぐ。
ヘッドホンと革ジャンをベッドに放る。
シルバーのリングとネックレスを外してガラスのローテーブルに置く。
間接照明はゆるゆると部屋を照らしている。
あとはシャワーを浴びて寝てしまえばいい。
服を脱ぐと、鏡に映った体にはひきつれた小さな火傷の跡がいくつも残されていた。
(やっぱ、消えないよな)
自分の体を見るたびに、忘れたくても忘れられないことが蘇ってくる。
この傷をつけた人に、悠斗はどんな感情を持てばいいのか分からなかった。
ステレオの音を少しだけ大きくする。
部屋の中にトーキングヘッズがジワジワと広がっていく。
悠斗は鏡から目をそらすと、熱いシャワーを浴びて眠った。
悠斗は大学に通いながら音楽活動をしていた。
もともと違う夢を抱いて入学したから、趣味程度だった音楽がこんなに楽しくなってしまうとは思わなかった。
ベースの音が悠斗はとても好きだった。低音で腹に響くような重厚感。
リズムを刻んだかと思うとメロディックな表情もだす。打楽器のようなバキバキした音も出す。
なんていろんな顔を持つ楽器なんだろう。
音楽を始めた頃から悠斗はベースを弾き続けていた。
美形でハーフのような顔立ちだったのでバンドを始めたらルックスからもけっこう人気が出た。
ベースだけじゃなくボーカルの才能もあったので、そのパフォーマンスに惹かれるファンもいた。
バンドで音楽をしている時は虚しくて空っぽの心が快感に満たされた。
悠斗の唯一の心の震えのようなものだった。
バンドを通して、悠斗は心の奥にある伝えたいことをさらけ出していた。それは悠斗にとってカタルシスにも似ていた。
そうやって、学生生活をしながら、細々と自費でCDを作ったりして活動していた。
音楽で生きていけたらとも思う。だけど、なりたかった夢も叶えたい。
大学2年。そろそろ、色んなことを考える時期でもあった。
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