駅から少し離れた高速道路の高架下。
スタジオ「ギガヘルツ」はそこにあった。
悠斗は一年ほど前からそこでバイトをしている。
学費は奨学金で賄っているが、家賃など生きていくためのお金は稼がないといけない。
音楽活動もしたい。
そんな中で、いろいろ融通もきかせてくれて、時給もそんなに悪くないこのスタジオはうってつけだった。
学校、バイト、音楽の日々。
忙しいけれど、逆にそれでよかった。
考えてる暇が無いくらい、ギリギリの場所にいたかった。その方が研ぎ澄まされるような気さえしていた。
店長の橋沼拓也とも、同じバイトのレナともうまくやっていた。
いつも悠斗は愛想よく気さくに話すようにし、周囲との関係も良かった。
空虚な心なんて誰にも分からないと思っていた。
悠斗は遅番が多く、店長の拓也と仕事をすることが多かった。
拓也は一見クールで喋り方も素っ気ない。
その上ストレートに物事を言うので、入ったばかりの頃は正直嫌なやつ、と思った。
だけど毎日顔を合わせるにつれ、拓也の裏表が無いことや、本当は思いやりがあって優しいことや、面倒見のいいことが分かってきた。
最初こそ警戒していたけど、いつの間にか悠斗は拓也に兄のような好感を抱いていった。
誰も信用していない悠斗が珍しく慕うようになった人間だった。
拓也の方も、音楽や学生生活で忙しい悠斗を気にかけていた。
10歳近く離れているから、年の離れた弟のような感覚で、時々飲みにも連れて行っていた。
スタジオのスタッフで時々楽器でセッションをするのだけど、拓也は悠斗のベースの才能を見抜いていた。
リズム感が抜群でグルーブを作り出す中心となっていた。歌わせてもそれは崩れることもなく、また歌声も可愛らしいルックスとは裏腹に攻撃的でそのギャップに周りのテンションも上がるのだった。
拓也は悠斗が音楽で生きていきたい気持ちだったら、最大限にバックアップしていきたいと思っていた。
ある日。仕事が終わった後拓也が言った。
「悠斗、たまには飲みに行かないか?明日学校休みだろ?」
「いいですよ、拓也さんと飲むの久しぶりですよね!」
悠斗は拓也と音楽やたわいもない話をするのが楽しかったので快く返事をした。
二人は店を出ると、高架下を横切って陸橋を渡り、拓也の行きつけの店に向かった。
「ここにお前連れてくるの始めてだったよな。馬刺しうまいぞ。今日奢るから好きなもん食べろよ」
「え、いいんですか?俺馬刺しはじめて食べるんです!超嬉しいです!」
悠斗はいつものように愛想よく爽やかに笑った。
二人は生ビールで乾杯して、店の自慢の馬刺しや牛刺しなどを食べながら音楽の話などに花を咲かせた。
「俺、今欲しいベースあるんです。この前試奏したらすごいイイ鳴りしてて。今のベースもいいんですけど、あんまり良かったからどうしても欲しくなっちゃったんです。
だから拓也さん、俺のバイト増やせたらお願いっ!」
悠斗は拝むような動作でおどけて言った。美形な悠斗がそれをやると会心の一撃くらいの破壊力がある。
「んん…フッ、お前はまったく。」
拓也は笑って頭をかいた。そんなに可愛い顔をされると男相手でもちょっと照れてしまうのは仕方ない。
「お前すげえ働いてるけど、体大丈夫か?」
「全然ですよ。俺いつも4時間寝れれば十分なんで。逆にあんまり長く眠れなくて。ちょうどいいんです。じゃ、お願いします!」
拓也はビールを飲み干して笑った。
「分かったよ。シフト増やしとく。4時間しか寝ないって、俺にはもう出来ねぇな。帰り遅けりゃ昼まで寝てるし。もう一杯いくか。たくさん飲んで食えよ。スタミナつけねえとな」
悠斗は遠慮なく食べて飲んだ。
二人ともいい感じに酔ったころ拓也が言った。
「お前今楽しいか?」
悠斗は一瞬その言葉の真意がわからず
炙りイカを噛みながらスクリーンの向こう側を見るように拓也を見た。
イマタノシイカ?
え?イカ?今食べてるけど?
違う、今、『楽しい』かって?
「楽しいですよ。拓也さんと話ししてて、うまいもん食べさせてもらって、最高ですね」
悠斗はすぐに笑顔になったけれど、拓也は悠斗が空虚な目をしたのを見逃さなかった。
「ふぅん。お前って、たまにすげぇ空虚な目するよな。今もしたし。」
「えっ」
悠斗の耳に、拓也の言葉は遠くから聞こえる山びこのように響いた。
「気づいてねぇのかもしれないけど、そういう時のお前ってなんか現実から離れてるみてぇな感じなんだよな。」
「俺、そんな目してますかね?自分ではよく分かんないですけど。」
悠斗は無意識にタバコに火をつけて、気持ちを落ち着かせようとした。
「してるよ。少なくとも俺から見たら。ていうか悪い、ちょっと心配だったから言っただけ。嫌なことだったらごめんな。」
拓也の指摘は悠斗に少なからず衝撃を与えた。今まで誰にも言われたことがなかった。
なぜか、見られてはいけないものが見つかってしまったような気がした。
「確かに俺、そんな時もありますよ。でも誰にも言われたことなかった。拓也さん、鋭いっすね。
でも別にそれで何か困ってるわけでも無いから大丈夫ですよ。俺は俺だし」
悠斗は内心バクバクしながら、大したことないという顔をして、肩をすくめて笑った。
悠斗はタバコの煙を吐いて、3杯目の生ビールを半分まで飲んだ。
拓也も四杯目の生ビールを飲み干した。
「それより俺もう2年生ですよ。音楽やっていきたいけど、やりたいこともあるし、奨学金も返さないとだし。
家族いないから気楽だけど、けっこう悩み」
「え、お前家族いないの?」
五杯目にジントニックを注文した拓也が言った。
「あれ、そういえば言ってなかったっけ。俺施設育ちなんで。家族いないんですよ」
悠斗は柔らかく微笑んだ。
いつも周りの人間を安心させる、人懐っこい笑顔だ。
「そっか、お前がやたら働いてるの、そういう訳だったんだな」
「そうそう。飯食っていかないといけないから。忙しいけど今バイトしたり音楽できて俺幸せですよ。将来は色々悩みもあるけど」
悠斗はため息をついてテーブルにああーと突っ伏した。
「なんだよ、まだいくらでも色んなことできるだろ。なににそんなに悩んでるんだよ」
拓也が笑って頬杖をついた。
「俺、ケースワーカーになりたかったんです。だから今の大学入ったんですよ。だけど…」
「だけど?」
「…音楽がやりたりない。未練みたいな。こんなに好きになるなんて思わなかったんだもん。好きな女2人できて揺れてるみたいな感じです」
拓也はニヤリと笑って答えた。
「今一気にどっちの女か決めなくてもいいんじゃねぇの。どっちの女とも付き合えば。」
「ええっ!何それ、ちょっと悪い男っすね」
拓也の答えに、悠斗は意表を突かれたけれど、それもありかな、と少し気持ちが和らいだ。
店を出て陸橋を渡っていると、拓也が言った。
「今日は遅いし、たまには俺んち泊れば?レナが使ってるベッド空いてるし。明日休みなら好きなだけ寝ていっていいぜ」
スタジオのバイト仲間のレナは、遅番で終電がなくなるとよく拓也の家に泊まっていた。特に深い仲ではなさそうだったが。
「そうさせてもらいます。久しぶりに飲んで結構酔ったし。」
二人は大通りを横切って、スタジオから歩いて数分の拓也のマンションに向かった。
レナはよく来ているけど、悠斗は来るのは初めてだった。
拓也の部屋は本やCDが部屋や廊下に乱雑に置いてあり、崩さないように悠斗はそっと歩いた。
リビングを囲んで部屋が2つの2DK。
そんなに広くはないし新しくもないけど、内装は綺麗な部屋だった。ミュージシャンには嬉しい防音もちゃんとされているようだ。
「そっちがレナが使ってる部屋だから。シャワーとかも好きに使えよ。あ、着替えこれ使って」
拓也は自分の部屋からTシャツとジャージを持ってきた。
「あ、ワイルドハーツのTシャツだ。いいなぁ、これかわいい」
「だろ?お気に入りだからやらねえぞ?」
拓也は笑って、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲んだ。
悠斗には麦茶を入れてくれた。
二人は順番にシャワーを浴びて眠った。
ここまでは少しのハプニングもあったけど全てが平和だった。
このまま平和に何事もなく朝が来るのだろう。
その時の悠斗は思っていた。
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