忍と『変人』ミュージシャン⑦

忍は一晩中ノートに言葉を書き殴り、何度も何度も泣きながらセナへの詩を書き上げた。

言葉を拾うごとに、忍にとってセナがどれだけ大きな存在かを思い知った。

いつもセナが笑ってくれること。褒めてくれること。大事なことを語ってくれること。

優しくしてくれること。

いつも全力で死ぬ気でバカ丸出しで歌う姿を見せてくれること。

セナはいつもいつも忍に力をくれた。
何もなかった忍に大切なことを教えてくれたのはセナだった。

そしてそのセナが深い悲しみを持って生きていたこと。

僕は何ができるのだろう。忍は自問した。

そして答えにならないまま、それをそのまま、詩に託した。

できないならそれでいい、今の自分のままで表現すればいい。

17歳の今にしか表現できないことだから。


次の日一睡もできないまま学校に行った忍はその詩を誠治に見せた。

詩を誠司に見せると、黙って読んでからしばらくして口を開いた。

「お前さ…こんなにセナさんのこと、好きだったんだな。ものすごいいい、俺泣きそう」

誠司の言葉に忍は照れ臭くてハハハ、と笑った。

「さっそく曲作ろうぜ。いつセナさんに聴かせられるか分からないけど、次の路上ライブに間に合うように」

そして曲作りが始まった。

曲はそれまでにないくらいいいサビが出来た。AメロもBメロも、いい出来栄えだ。

「やっぱ俺たち最高だな。」

「天才だからな」

2人は笑った。

そしてライブの日になった。


その日は曇り空で、朝から天気が心配だったけど、どうやら持ちそうなので決行することにした。

場所は今日もいつもの公園。

2人はいつものようにセッティングを始めた。

今日はカバー曲と、
何曲かオリジナル曲をやる予定だ。

セナさんが言ってたように、忍は好きな曲をキーを変えてカバーすることにした。

レディオヘッドの「creep」を歌うつもりだ。

かなり女声だけど、そんなのいいから僕の声で歌う。

今はまだそんなに自分の声を好きになりきれないけど。

でももっと好きになるよ。忍はそう思っていた。


ライブが始まった。

セナは来ていなかった。

それでも、何人かの人が見てくれた。

チラシを見たからか、それともただの通りすがりなのか分からなかったけど、

2人は精一杯歌った。

なんか、気持ちいい。

音楽演奏していて、こんなに気持ちよかったことないかもしれない。

なんだろな、これ。

楽しいな。セナさんはいつもこんな感じなのかな。と忍は思った。

セナさんがここにいてもいなくてもそんなことは関係ない。

あなたを思ってここで歌うことは、こんなにも幸せだ。

誠司もきっとそんな気持ちだろう。

そんなことを感じながら演奏して、最後にあのラブソングを歌う。

「新曲やります。」

忍はアコギに持ち替えて、チューニングをしたら、ふうっと息を吐いた。

そして、セナがやるように、Gをダウンストローク一回。

歌い出した。


切ないバラードだった。忍は思いっきり歌った。

バカ丸出しにして、死ぬ気で。

道行く人はいつのまにかたくさん、忍の歌を立ち止まって聴いていた。

歌い終わって誠司と忍は深く頭下げた。

ライブが終わると、お客さんが何人か話しかけてきた。

チラシを渡すと、CDは無いんですかと言われた。

「すごくよかったから、CD出して欲しいな。私買うから。」

そんなことを言われて2人はとても喜んだ。

次はCDを作ろうと思うようになった。



ライブが終わって機材や楽器を片付けていると、パラパラと雨が降り出した。

2人は急いで駅へ向かった。

その途中、歩道橋の上に、ボーっと立っている天パが見えた。

セナさん?

誠司は人影をみている忍と、視線の先のセナに気づいた。

「おい、お前のエフェクターケースとギターよこせ。」

「え?」

「行ってこいよ。早く」

誠司は顎で歩道橋を指した。

「誠司、お前って本当にいい奴だよな」

忍は微笑むと、荷物を誠治に渡して歩道橋に向かった。

雨は強くなっていた。


セナは相変わらずそのままで歩道橋の欄干にもたれてぼんやりと空を見ている。

きっとなんかあったんだな。

ビニール傘をさして忍は走った。

「セナさん!」

歩道橋を登りきると、忍は息を切らせて呼んだ。

セナはボーッとしたまま忍の方を向いた。

「…忍さん」

忍はセナに駆け寄って傘をさした。

「どうしたんすか、こんな雨ん中ずぶ濡れで」

「あ…雨かあ。アハハ、ほんとだずぶ濡れですね」

「風邪ひきますよ、別のところ行きましょう」

持っていたハンドタオルを渡そうとして手が止まった。

セナが泣いているよう見えた。

セナはふいっと目をそらした。

「ごめんなさい、俺かっこ悪いっすね。」

セナは橋の欄干に突っ伏すと、いきなり拳で欄干をガンッと叩いた。
ガンガン!と叩くごとにその力はどんどん強くなっていった。

「俺っ……何もなくなっちゃうかもしれなくて……!!クソッ!!!何でだよ!!何でだよ!!何でだよ!!!うわあああああ!!」

セナは大きな声で叫ぶと、ガンガンと欄干を叩きながらズルズルとへたり込んで人目もはばからず大声で泣いた。

それはまさに「慟哭」だった。

「セナさん…」

見たこともないセナがそこにいた。いつも朗らかで楽しそうなセナが、泣いている。

忍はこんなに心が痛んだことはなかった。

どんなに辛かった時も、こんなに心は痛まなかった。

なにも言えず立ち尽くす。かけられる言葉がない。

「セナさん」

それは、理屈じゃなかった。

ただ、勝手に体が動いたのだ。

忍は泣いているセナの頬を両手で包んだ。セナはしゃくりあげながら忍の顔を見た。

忍は躊躇せず、涙と雨で顔をぐしゃぐしゃにしたセナの唇にキスをした。

傘はとっくに手から離れて転がっていた。

セナが一瞬驚いて震えた様に感じた。

だけどそのまま忍を引き剥がしはしなかった。

セナの体の力が抜けていくのを感じた。

悲しさを、忍に半分預けるように、キスをする忍に体を預けた。忍は温かい重みでそれを感じた。

忍は唇を離すとセナをギュッと抱きしめて、びしょ濡れの天パを撫でた。


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