Heart of Gold ③

響は高校生になってからもギターに熱中し、自分で歌も歌うようになった。

音楽をやっている以上、上手くなくても人に聴いてもらいたい気持ちはある。

そこで響は練習を重ね、夏のある日、町のアーケード商店街で、初めてギターを弾きながら歌ってみた。

ものすごく緊張したけど、初ステージだ。

やるしかないと思って夢中でやった。

大好きなRCサクセションや、エレカシのコピーをした。演奏や歌は上手いとは言えないかもしれない。

多くの人はなにも興味を示さず通り過ぎた。

時々立ち止まって聴いてくれる人もいた。それでも、少し聴くと立ち去って行った。

響は遠くにいる叔父のことを思った。
あなたも、今どこかで音楽をしているのですか。

父とあなたも、僕と同じくらいの歳でギターを弾いて、ライブをして…どんなことを考えていたんだろう?

響は日が暮れて薄闇に飲まれて来た商店街で、

ギターに手を当てたまま黙って屋根の隅に切り取られた空を見上げた。


帰ろうとしてギターをケースに入れていると、誰かが前に立って見下ろしてきた。

「おいお前」

不躾に声をかけてきたのは古着のようなメタルTシャツに、ボロいジーンズを履いた、長髪の冷たい印象の男だった。

「…なんですか」

万一の時にギターだけは守ろうと響は無意識にギターケースを自分の後ろにずらして、警戒気味に答えた。

「いくつだ」

「…16ですけど」

男はへぇ、と言って微笑んで響を見つめた。

「お前さっきまでキヨシローやってだだろ。あとエレカシか。今時こんなど田舎の商店街で。それで、どんな奴がやってんのかと思って来てみたんだよ」

「…そうなんですか」

「俺キヨシロー好きなんだ。お前みたいな若い奴が、弾いてるのが嬉しくてさ。お前まだ荒いけど、結構よかったよ」

褒められてるんだかなんだか。響はぽかんと男を見上げた。

それから男はしゃがんで響の顔を見た。

「俺、東京でドラムやってんだ。そこの角にタバコ屋あんだろ。あそこが俺の婆さんちでさ。顔見にきてたんだよ。そしたら今時ロックな奴がいるなあと思って」

男は僕に名刺を渡してきた。
名刺には、
『Gigahelz
Drams composer
   橋沼拓也』
とある。

「東京で音楽やりたくなったら来いよ。お前名前は?」

「あ……っと、武内響っす」

予想外のことで驚いてしまって、響は声が上ずった。

恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じた。響はこんな時に癖で、無意識に下を向いて鼻をつまんでしまう。

「響か。覚えとくよ」

拓也はじゃあな、と言って立ち上がるとたばこ屋の方へ歩いて行った。

去り際に響はハッとして

「橋沼さん!」
と叫んだ。

拓也は声に振り返った。

「あの…あの、東京にいる、武内廣治っていう作曲家、知ってますか?」

「おお、知ってるよ」

その言葉で響は弾かれたように拓也に駆け寄った。

「その人は、今どこにいるんですか?!どこでどんな仕事してるんですか?!」

気づくと詰め寄るように腕を掴んでまくし立てていた。

「おお、なんだお前、落ち着けよ」

「僕にはすごく大事なことなんです、教えてください!」

必死さが伝わったのか、拓也はわかったよ、と言って話始めた。

「武内さんはいい作曲家だよ。ゲーム音楽とか、レコード会社から依頼されればバンドのプロデューサーもやるし。依頼主の魅力を最大限引き出せる腕を持ってる。そういう裏方な人だな。
 どこに住んでるのかはしらねぇな。居場所とか仕事場は完全にシークレット。あまり外に姿を見せねぇし、謎の多い人だな。俺も会ったのは一度だけだ」

「おじさ…武内さんに会ったんすか?どんな人でした?」

「ん…物静かな優男って感じだな。でも目つきは鋭かった。雰囲気に不釣り合いな感じがして意外だったよ。
 けどなんか惹かれるものがあった。カリスマ性っていうか…何にも言わねぇのに人を惹きつける人っているんだよな。」

響は拓也の話を真剣に聴きながら、胸が高鳴っているのを感じた。謎の多い叔父。

「俺が知ってるのはそれくらいだ。またなんか分かったら教えるから、気が向いたら連絡してきな」

そう言うと拓也はタバコ屋の角まで歩いて行った。

そしてはたと立ち止まり、一度振り返った。

「そういやお前、武内さんによく似てるな。顔つき。」

響がびっくりして口ごもっていると、拓也は「まあいいや」と笑ってタバコ屋の角を曲がって消えて行った。

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