『僕』とレナ⑦

僕はあまり人前で泣いたことが無い。家族の前でも、ほとんど泣いたことが無い。

僕は泣いたらいけない、両親と弟を守らなきゃ、幸せに過ごせるように守らなきゃ、そう考えていたからだと思う。

だから今、ケーキを前に子供みたいにしゃくりあげて泣く僕を見て、みんな驚いているようだ。

こんな場面で泣いたらみんな困るからダメだって思ってるけど、止められなかった。

「ヘヘ、ナギ、嬉しいの?」

弟のシュリが隣に座って僕の頭をくしゃりと撫でて僕を抱きしめた。

僕はシュリの肩に頭を預け、うなづくしかできなかった。

「ナギがこんなに泣いてくれて嬉しいな」

シュリは言いながら僕の背中を撫でた。

「いっつも強がって泣かなかったナギがみんなにこんな顔見せてくれて嬉しい。」

ふと見たら母さんもすばるもレナさんも泣いていた。
父さんは母さんの肩を抱いて僕を見て嬉しそうにしているし、タクヤさんもすばるの頭をポンポン撫でながら優しい表情だ。
アオまで何か優しい顔をしている。

「僕たちはいつでもナギの味方だよ。いつも素直な姿でいいんだよ。」

父さんは優しく言った。

「さあ、ご馳走食べましょう!みんなお腹減ったでしょ。」

母さんが涙を拭いて、明るく言った。
僕らはタクヤさんが作ったご馳走を食べ、母さんが作ったケーキを食べた。



日も沈み、みんながシャンパンやビールで楽しく出来上がった頃、僕はそっとタクヤさんの家のプールのある庭に出た。

このプールで、子供の頃はすばるとシュリと遊んだ。

忘れる、というのは僕が思っていたよりもずっと重く悲しいことなのかもしれない。
僕はレナさんを守ることしか頭に無くて、思い出も、僕を愛してくれる人たちのことも、僕自身も、無かったことにするつもりだった。
だけど今ここに戻ってきて思う。
忘れるということほど寂しいことってあるだろうか、と。

僕は一人が好きだ。
だけど、みんなといることも好き。だから、つながりを捨て切れなかったんだ。

「ナギくん」

レナさんが声をかけてきた。
彼女はふふっと笑って僕の隣に座った。

「ナギくんの家族は素敵だね。みんな、ナギくんのこと本当に愛してる」

「…そうだね。僕は幸せだと思う。でもね、僕は同じくらいレナさんのことを愛してるよ。」

隣のレナさんの手を握った。何回死んだって絶対守ると決めた大切な人。

「…ありがとう。すごく嬉しい。私、家族はパパしかいないから…ナギくんのこと、家族みたいに思ってもいいかな」

恥ずかしそうに微笑みながら見上げてくるレナさん。そういう顔するから、愛しくてたまらない。

「もちろん。レナさん、愛してるよ」

僕らがキスしようと顔を近づけた時

ピピピピピ…

携帯の着信音が鳴った。
レナさんが体をビクッと震わせたのが分かった。

「…パパからだ」

レナさんは立ち上がると少し離れたところで電話に出た。

相手の声は聞こえない。
だけど、何かひどいことを言っているんだろうと分かった。
レナさんがひどく震えていたからだ。

電話を切ると、レナさんは一呼吸してから振り返った。頑張って笑顔を作っているのがわかった。
「ごめんナギくん。私帰らなきゃ。また会おうね。」

僕は明らかに様子のおかしい彼女の手を取った。
「…帰らなくていい」
彼女は驚いて僕を見る。
「だ、だめだよ、うちちょっと厳しいの。帰らないと、か、帰らないと…帰らな…」

彼女は過呼吸になって涙を流し始めた。
僕はへたり込んだ彼女を抱きしめて、背中を撫でながらずっと「大丈夫、大丈夫」と繰り返した。

僕が、僕たちが、君を守るから。

様子に気づいて父さんが外に出てきた。

「どうした?」
「彼女、ちょっと調子悪くて。中で落ち着かせたい」

彼女の様子と僕の表情で深刻さを悟った父さんはうなづいて僕と一緒に彼女の背に手を置いた。

「大丈夫。何も心配いらないよ。今お茶を淹れるから、ナギ、落ち着くまで撫でていてあげて」

父さんはそう言って中に入って行った。みんなに話してレナさんが休めるようにしてくれるのだろう。

しばらくして落ち着いてきたレナさんを支えて中に入ると、すばるが暖かいお茶をいれてくれた。

家族みんなは無理に彼女から話を聞き出そうとはしなかったけど、お茶を飲んで落ち着いたレナさんが、静かに話してくれた。








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