あれから、僕は父と母、そしてレナさんと本宅でしばらく暮らすことになった。(シュリはまだシェアハウスで暮らしていた)
レナさんはしばらく大学を休学し、音楽スタジオのバイトも休ませてもらったようだ。
母さんの作ったシェルターは設備も人員も揃っていて、レナさんは家の中でカウンセリングや治療を受け、何不自由なく避難生活を送れていた。
父親へは母を通じて連絡され、レナさんとは話させなかった。
もちろん父親は暴れたようだけど、警察に通報して、今は留置所にいるそうだ。
そんなこんなで久しぶりに、レナさんに安全な生活が訪れたのであった。
「ナギ、レナちゃんと一緒に住んでるけど、今は手を出しちゃダメよ?」
レナさんがカウンセリングを受けている時に母さんとお茶をしていたら突然言われたので僕は盛大にむせた。
「ゲホっゲホ、何言ってんの母さん…そんなことしないよ…」
「嘘おっしゃい。ナギの顔に書いてあるわよ。レナちゃんが大好きでたまらない、全部僕のものにしたいってね。貴方達が愛し合うのは素敵なことよ。でも酷かもしれないけど今はダメ。全てが終わったら、愛してあげなさい。今あの子は色んなことと向き合うことで精一杯なの。肉体関係は今は混乱させる元よ。」
肉体関係って…。
なんかものすごく恥ずかしいけど、母さんの言葉は重みがあって、僕はうなづくしかできなかった。
確かにそうだろう。今レナさんは自分の苦しみと向き合っている。
もう少し落ち着いたら、外に出られるようになったら、僕は思い出の場所に行って、改めて彼女に愛を伝えようと思った。
そんなふうにして季節は春から、初夏へ。
レナさんの父親は今も拘置所にいて、レナさんの居場所は分からないことになっている。
母さんは軽い外出なら本人が良ければいいと言うので、僕はレナさんを誘ってみた。
「ねぇ、レナさんが良ければ、一緒に行ったジェラート屋に行ってみない?」
僕は言ってから、あれ?と思った。
この人生でレナさんと一緒に行ったっけ?
もう何度も繰り返しているから、いつの人生でどこに行ったか、頭の中はごちゃごちゃだ。
「ジェラート屋?ナギくんと言ったっけ?…誰か別の女の子なんじゃない?」
レナさんが眉を寄せてジト目をしている。
やばい、やっぱりこの人生では行ってなかったか。
「そんなわけないよ、僕は他に女の子と付き合ったことないもん。レナさんと行ったような気がしたんだ。いつか行きたいなって思ってて」
僕は冷静を装って答えた。レナさんはふうん、と信じてくれたようだ。それともレナさんの中の遠い記憶が納得させたのだろうか。
「うん行きたいな。私好きなフレーバーがあってね…」
「カシスとバニラ。おんなじ量づつスプーンにのせて食べるのが好き」
レナさんがびっくりして僕を見つめている。
「ふふ、僕エスパーだから!なぁんちゃって。口から出まかせ…」
「ナギくん、私ね、不思議なんだけど、貴方のことずっと知ってるような気がするの。貴方がバレンシアオレンジとシトラスミルクが好きなことも、クッキーを差して食べるのが好きなことも…なんだか分かるの」
僕は微笑んだ。
そりゃあ、前に僕をジェラート屋で見つけてくれたのはレナさんだったもん。
僕をずっと覚えてくれていたことが嬉しかった。
「ふふ、不思議だね。今から行ってみようか?」
「うん!久しぶりのデートみたいで嬉しい!」
レナさんは楽しそうに笑った。
僕は母さんにジェラート屋に行くことを伝えた。
「2人で大丈夫?レナちゃん、不安だったら警護の人つけるわよ」
「ううん、大丈夫です。父も今は拘置所だし、ナギくんがいてくれれば」
そう言ってチラッと上目遣いに僕をみてくれたレナさんが可愛すぎて、僕は照れ笑いするしかなかった。
その様子を母さんはにこやかに見ている。
「じゃあ、楽しんで行ってらっしゃい。」
「あ、ジェラート屋いくなら送っていこうか?ちょうど打ち合わせ終わったし」
父さんとの仕事の打ち合わせを終えて隣室から出てきたタクヤさんが僕達に言った。
「あら、暑いからそうして貰えば?帰りはバス乗ればいいし」
母さんも勧めたので、僕らはタクヤさんの車で送ってもらうことにした。
初夏でも太陽は真夏のそれのようにギラギラと照り付けている。
僕とレナさんはクーラーの効いた後部座席で涼んでいた。
「2人とも久しぶりじゃない?外出。今日は暑いからジェラートうまそうだね」
運転しながらタクヤさんが言った。
「はい、久しぶりのデートみたいですごく嬉しいんです」
レナさんが嬉しそうに素直に言った。
「ふふ、そうだよね。君たちはよくがんばった。その分、たくさん幸せになれよ。」
タクヤさんが優しく言った。
優しくて強くて、父さんとは違う男の色気がある人。
僕たちはうなづいて目を合わせ、そっと手を握り合った。
やがてジェラート屋に着くと、タクヤさんの車を降りた。
「じゃあまたね。帰りも暑いから気をつけて。よい時を。」
タクヤさんが行ってしまうと僕らはお店に入ろうとした。
感慨深い。
もう何回も、何回も、僕は死んで生き返って、その度にここでレナさんとデートして…
「ナギくん、ぼーっとしてどしたの?早く入ろ」
レナさんが僕の手を引いて歩き出した時だった。
何かゾッとするものが僕の背筋に走った。咄嗟にレナさんを僕の後ろに隠す。
同時にこの暑いのにキャップの上にパーカーのフードをかぶった男が僕の真横を通った。
鈍い重みが下腹に響いた。
視線を下腹に向けると深々と刃物が突き刺さっていた。
男は力づくに僕から刃物を引き抜くと、鮮血があふれだした。
そして次はレナさんを狙った。
また僕は咄嗟に彼女を庇ってもう一撃を今度は腰辺りに食らった。
彼女は叫び声を上げながら、倒れた僕の体を守るように覆いかぶさっている。
マズイ、次が来たら守れない…
そう思っていると、去ったはずのタクヤさんがものすごい勢いで戻ってきて車降りると「うおおおおおお!!!」と叫びながら男に上段と中断回し蹴りをくらわせた。
「ナギ!!」
「いやあああナギくん!!だれか助けて!!死んじゃう!!」
タクヤさんが男を捻り上げながら電話する様子と、僕を見つめてボロボロ泣くレナさんの顔を見ながら、僕は意識を失った。
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