『僕』とレナ 10 完結

『ナギ、ナギ』

ゆらゆらする意識の中で誰かが僕に話しかけてくる。

『君ってやっぱり、大したやつだね』

薄ぼんやり見えてきたのは青い髪に季節外れの水色のコート。

「アオか…」

空間の狭間でまだ起き上がれない僕の額をアオは人差し指と中指でそっと触れている。

『何回も怖い思いして、痛い思いして、死の恐怖を味わって、それでも彼女を守ることを諦めない。『守護者』の鑑だね。もう君は死ななくていい。運命が変わった。彼女はもう悲惨な死の運命から逃れた。君が守ったんだよ』

僕はその言葉を聞いて目を見開いてアオを見た。

僕の変な友人は、優しい顔をしていた。

『勘違いしないでよ。私は『破壊』。いつかこの世界を壊すまで、面白いから色々見てるだけさ。気まぐれに君のことは友人にしただけ。でもね、破壊は創造でもある。
…ま、とにかく君にはお祝いを贈るよ。君はもう人間では無いけど、この人生を生きる体をあげる。君が作った下手くそなやつじゃなくて、私特製の綺麗な肉体ね。この人生を彼女と楽しく生きたらいい。』

僕は体が熱くなるのを感じた。

「アオは、変わらずに友達でいてくれるんだろ?」

アオは僕の問いに「うはは」といつもみたいに笑った。

『もちろんさ。私はいつも全ての場所に同時に存在する。そこら中にね。今まで通り、君とは友人』

それから僕は眩しい光で目覚めた。


目覚めると白い天井。たくさんのチューブや酸素マスクが僕に繋がれている。

レナさんがベッドにもたれかかって眠っていた。
ずっとついててくれたのだろう。目元が腫れて、疲れているようだった。

僕は手を伸ばそうとした。
途端に激痛が走った。二ヶ所刺されたのだから仕方ない。色んな死を体験して、僕は痛みにも冷静になっていた。

激痛はほっといて、そのまま手を伸ばしてレナさんをそっと撫でた。

僕の手は今までの下手くそなドールみたいな手と違って、温かく血の気が通う大きな手になっていた。まるで父さんの手みたいに、ゴツゴツして男っぽい。

レナさんはぐっすり眠っていた。僕が怖い思いをたくさんしてきたように、レナさんも何度も何度も辛い思いをしてきた。
それでもいつも僕を見つけてくれた。

もう大丈夫だよ。もう苦しいことは終わったんだ。

僕はまだ声が出せない代わりに彼女の心に話しかけた。彼女のツンとしたクールな目元を彩る長いまつ毛が揺れた。

「……ナギくん…?」

起き上がった彼女と目があった。
僕は痛みを耐えて笑顔で親指を立てる。

「…ナギくん!!ナギくん!!うわあああん!!」

レナさんが僕にすがって泣いた。

「ナギくん、し、死んじゃうかと思った…!!またいなくなっちゃうかと思った…!!」

正直めっちゃくちゃ痛かったけどそんなことどうでもいい。彼女が僕の胸にすがってくれてる。

「ナギ!」

レナさんの声を聞きつけてタクヤさんが病室に入ってきた。

「タクヤさん!!ナギくんが目を覚ました…!」

タクヤさんが僕を見つめる。僕はさっきレナさんにやったように笑顔で親指を立てる。

「…はっ…はは、よかった、よかった…!!よく頑張ったな!!」

タクヤさんは心底安堵した様子で僕の頭をくしゃっと撫でた。

「ルイたちは今着替え取りに行ってるから。すばるとシュリももうすぐ来るよ。俺、先生呼んでちょっと連絡してくる」

タクヤさんはバタバタと部屋を出て行った。

僕はまだ泣いているレナさんの髪を撫でた。
「あ、あ、」

僕はまだ上手く声が出せなかった。
レナさんが顔を上げて僕を見つめる。涙に濡れる瞳が愛おしい。
僕はその頬を右手で包んだ。

「あ、い、…し、て、る」

この声で言いたかった。君の耳に届けたかった。
声で伝えられるのは、生きているからなのだ。

レナさんは小さく震えながら僕の手に手を重ねて一層ボロボロと涙を流した。

「私も、ナギくんを愛してるよ。」

よかった。やっと君はループから抜けて幸せになれるんだ。

僕は疲れてしまったようでそのまま眠りに落ちた。そのあと母さんたちやシュリやすばるも来て、僕の回復を喜んでくれたようだ。

傷はだいぶ深かったようで、危なかったらしいけど奇跡的に回復できた。僕は数ヶ月の入院生活で、どんどん回復してリハビリも始めた。

のちに教えられたのだけど、あの刺した男は、なんとレナさんの父親だったそうだ。留置所から脱走して、レナさんの行きそうな場所を探し回っていたらしい。

車のラジオの臨時ニュースでそれを知ったタクヤさんが急いで戻ってきてくれたおかげで、レナさんが刺されないで済んだ。

きっと、僕が名前の封印を解かないでいたらこんな展開になっていなかっただろう。僕はナギで、僕には僕とレナさんを助けてくれる人がたくさんいたんだ。1人ではなかったのだ。

レナさんの父は再び逮捕され、しばらく出て来ることはないだろう。

今も僕の家で母さんは彼女を守りながらカウンセリングを受けさせたりケアを続けている。

それはそうと。
僕は今までにない体の変化に大いに戸惑っている。
アオが僕に贈り物と言って作った体なんだけど、

……今までなかったモノが付いてるッッ!!!

僕は女として生まれたけど、実際は性別が無かった。半陰陽とかいうらしい。でも心は男だったし、男として生きていたのだけど、

でも実際モノが付くと混乱する!!

そんな僕の姿を時々アオが冷やかしにきた。

「うはは!面白いほどの混乱ぶりだねぇ!どう?私の作った完璧な肉体。ちゃんと君の心と一致させたし、筋肉も美しくついてるだろ?」

「僕が混乱してるの見て楽しんでるだろ!!急についたらそりゃ混乱するわ!好きな子のこと考えるだけで反応するし、もうどうしたらいいのか…」

恥ずかしくて頭を抱える僕のことを楽しそうに笑うアオ。

「生きてるってそういうことさ。それよりその体レナちゃんに見せてみなよ、きっと惚れ直されるよ」

「もうっ!恥ずかしいこと言うなってば!」

確かに、アオが作った体は、父さんの体より筋肉が美しくついていた。今までひょろひょろで肩幅もなくて、全然男らしく無かったのに。
…ま、悪い気はしない。

レナさんもよくお見舞いに来てくれて、病院の中庭を一緒に歩いたりした。
僕は血の通った手で彼女の手を握る。誰も見ていないところでキスもするし、ハグもする。

「なんだかナギくん前と違うみたい…?ナギくんには変わりないんだけど。なんか、前よりドキドキするみたい…」

人目を避けて抱きしめ合っているとレナさんがそう言った。
ちなみに体が変わったりモノが付いたりしても、アオの力なのか周りの人は違和感を感じないようだ。

「そう?僕はこうしてるだけでいつもドキドキしてるよ」

そう言ったら新しくついた僕のモノもしっかり反応しやがった。焦ってレナさんにバレないように腰をひこうとしたけど、その瞬間にレナさんからキスをされてしまった。絶対バレた。

「フフッ。ナギくん、色々かわいいっ!」

「えっ?それってどういう?!ちょっと待って!」

レナさんはニコニコしながら先に歩いて振り返った。

「なんか、もっと男らしくなったみたい。ねぇ、いつかナギくんと2人で一緒に暮らしたいな!いいでしょ?」

もう何にも脅かされず、心から安心して楽しそうにしている彼女は僕の知るどんな彼女より可愛くて美しかった。

「もちろん!2人で色んなことたくさん話し合おう」

たくさんの人に助けられて僕は一つの役目を果たした。

レナさんも僕も、楽しい本当の人生はこれから。

彼女の手を握って、僕たちは将来を夢見ながら夕暮れの中庭を歩いた。











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