悠斗はゴシックパンクバンド「バロッカ」のベースボーカルだ。
大学の講義を受け、スタジオのバイトをしながら音楽活動をしている。
今日はバイトの後ライブの日。
悠斗は早番の時間が終わると遅番のレナと交代をしてスタッフルームで黒いエプロンを外した。
その時拓也が部屋に入ってきた。
「お、今日はライブで早番だったな。おつかれ。」
拓也はクールに言い放つとすれ違い様にくしゃっと悠斗の頭を撫でて自分のロッカーを開けてジャケットを脱いでハンガーにかける。
「もう、拓也さん、スタジオでそういうことしたらダメですよ」
タクヤは何にも考えずにスタッフルームで軽くキスしてきたり頭を撫でたりしてくるけど(無愛想に)、2人のことを秘密にしているレナにバレないか悠斗は結構ヒヤヒヤなのだった。
そういうことしてくれるのは嬉しいが。
「ん?大丈夫だよ、レナ今スタジオの掃除してるから」
「気の緩みは命取りっすよ。レナにバレたら何て言い訳するんすか。告白されても俺のこと隠し通したのに。」
拓也はつい最近、レナに告られていた。拓也の周りに女?らしき気配を感じて、居ても立ってもてもいられなかったのだろう。
もちろんその気配は悠斗なのだが、拓也は詰め寄られたけど最後までそれは隠し通したのだった。
もちろん告白は丁寧に断った。それでもレナは変わらずにこのスタジオで働き続けることを選んだのだが。
「まあ、そう、だよなぁ」
痛いところをつかれて拓也は難しい顔をして白シャツを脱いでAC/DCのTシャツを着た。
「俺だなんて知ったらレナどう思うか…レナの顔見れないっすよ」
「わかった。スタジオではお前に手を出さないよ」
拓也は黒いエプロンにネームプレートを付けてちょっと切なそうに口元を上げた。
(あー、その顔好きだなぁ)
愛し合ってる時に時折見せる顔と同じなので悠斗は心の中でそんなことを思ってちょっとドキドキしてしまった。
「じゃ、ライブ頑張ってな。目黒だろ。気をつけて」
「あ、はい…」
悠斗が普通の顔を装って微笑もうとした時、拓也が悠斗の頭に手を添えて唇に軽くキスをした。
「お前って前より顔に出るようになったよな。」
じゃな、と言って固まる悠斗を残して拓也はスタッフルームから出て行った。
「なにそれ!…もうっ!!」
恥ずかしいやらドキドキするやら悔しいやらで、悠斗は真っ赤になりながら荷物をバッグに詰め込んだ。
さて。
気を取り直して、ベースを背に悠斗はスタジオを出た。
レナは相変わらず無愛想に「じゃね」といったきりだし、拓也は見えないようにウインクしてきて本気でやめろと思った。
そんな夕方少し前。
悠斗は池袋から電車に揺られて目黒に向かう。いつも使ってるライブハウスでメンバーが待ってる。
ドラムの嵐とギターの睦月だ。高校からの音楽仲間の2人には、あまり人を信用しない悠斗も割と心を開いている。
ライブハウスに着くと案の定2人は先に着いていた。
「おつかれ。2人とも早いね」
楽屋は豚箱みたいにどのバンドも一緒くたに収まっていて、嵐と睦月の他には知り合いのバンドの奴が数人各々ゴロゴロしたりギターをいじったりしている。
「今日は俺も睦月もバイトないから。牛丼食って早めに来たよ。」
「どうせお前がこなきゃタバコ吸うくらいしかやることないけどな」
睦月はタバコの煙を吐き出しながら笑っている。
「フフ、んじゃはじめよっか。今日は嵐からな」
悠斗はタバコに火をつけると、バッグの中から重たいメイク箱を取り出し、テーブルの上に中身を並べる。
「今日は『ジョーカー』だ。分かるだろ、バットマンの宿敵、純粋悪のジョーカー。今日の俺たちは『悪』だ」
嵐の前髪をクリップで止めると、おもむろに悠斗はメイクを始めた。
「わぶっ!鼻に入った!ちょ、もっと優しくぬれよ」
嵐が騒いでもすでに悠斗の目は狂気ののようにギラギラと煌めき、声は届かない。
「いいね…スゲーいい感じ…悪…悪…」
こうなってしまうともう何を言っても悠斗には届かない。嵐は諦めて悠斗のされるがままに任せた。
睦月は「またか…」という感じで苦笑いしながらタバコを吸っていた。
「よし、あと俺がメイクするから準備してて」
ジョーカーのような狂気のメイクを施された2人は、オッケーと言ってそれぞれヘアスタイルを直したり衣装を整えたりした。
衣装は「バロッカ」のイメージに合うようにほぼ悠斗が選んで3人でお金を出し合って揃えている。
2人は事前に悠斗が指定した衣装を着てきていた。
黒をメインに鋲やチェック柄の生地のシャツに、嵐はタイトなパンツに飾り紐やポケットがたくさんついている。
睦月はサルエルパンツに山高帽。
着替えている間にも悠斗は狂ったようにニヤつきながら顔を真っ白に塗りたくり、目の周りを黒いラインで囲み、ジョーカーのシンボル的な大きく裂けた口を真っ赤な口紅で描いた。
「クックっ…最高だな。」
悠斗は黒いキャスケットを銀髪の頭にかぶり、楽しそうに笑った。
「イッツショータイム!!」
真っ暗な会場に拡声器での声が響く。その後に歪んだ高らかな笑い声。悠斗がライブの始まりを告げた。
バロッカのファンは一斉に歓声を上げる。
バロッカはいつも違うメイク、演出でライブをする。すべて悠斗のプロデュースだ。ファンは今日はどんなバロッカが見られるのかと胸を高鳴らせる。
最初に舞台に入った嵐がドラムを打ち鳴らす。観客の歓声。
そこに睦月の唸るようなギターが重なる。観客のテンションはさらに上がる。
そして誰もが待ちわびたバロッカのカリスマ
「ユウト!!ユウトー!!」
観客はそれぞれに悠斗の名前を呼ぶ。
やがてそれに応えるように袖から悠斗がジョーカーさながらの狂気をたたえて現れた。
会場の歓声も一気に上がる。
悠斗がベースを構えると、それまでグルーブを生み出していたドラムとギターに重なるように重厚なリズムとメロディが加わる。
そしてシャウト。そのまま曲へ。
会場の熱量はMAXで、悠斗の艶めく低音にみんな飲み込まれている。波のように人々が揺れる。
その光景を悠斗は恍惚と眺めた。
今自分は音楽をしている。これに勝るカタルシスなんて無い。
ただただ、ここで歌っていたい。何もかも、ここではナリをひそめる。怖いものは何も無い。
俺は自由だ。
ライブは最高に盛り上がって終わった。
楽屋で睦月と嵐がメイクを落としている間、悠斗は燃え尽きたようにパイプ椅子に座っていた。
今日も出し尽くしちまったようだな、と嵐は思った。
「ほら、悠斗。流し空いたよ。顔洗えよ」
悠斗は肩に置かれた嵐の手を体を揺すって払い除け、メイクが服に付くのも気にせず椅子の上で膝を抱えた。
「俺まだ何もできない。先に帰って」
いつものパターン。ライブが終わると楽屋で燃え尽きる悠斗。ライブの恍惚感と、終わって訪れる現実に、頭がついていかないようだった。
「置いていかないよ。あ、睦月は彼女が待ってるから先に帰るけど。」
「悪いな!今度また『天』行って飲もうぜ!じゃおつかれ〜」
最近彼女ができて半同棲してる睦月は足早に帰っていった。
おうまたな、と嵐は手を上げて見送る。
「嵐も帰りなよ」
何か拗ねた子供みたいに見える悠斗の横に座って、嵐は微笑んだ。
「だから、先に帰らねぇっつーの。一緒に帰るから、お前のペースで支度しろよ」
悠斗がどんなにわがままを言っても拗ねて見せても嵐は昔からちっとも怒らないで悠斗を待っていてくれる。
悠斗にはよくわからなかった。
何故そんなふうに優しくしてくれるのだろう?
こんなに自分のことばかりで精一杯で、誰のことも好きじゃないのに。
「…嵐って変なやつだよな」
そんなことを考えていたらふと言葉に出た。
「変?何が?」
「いつも待ってるから」
「そんなの普通だろ。友達だし」
嵐はなんでもないことのように笑う。友達か、と悠斗はぼんやりと考える。こんな俺を許してくれる友達。
「やっぱり変だ」
「変じゃねーよ。あ、帰りにトンカツ食ってこうぜ、久しぶりに!お前も腹減っただろ」
トンカツ、に反応して腹がグーっと鳴った。センチメンタルになってるときでも、腹は減るのだ。
「フフッ、腹減ったわ。今顔洗う」
悠斗はやっと体を起こし、身支度を始めた。
メイクを落として着替えた2人は夜の街に出た。
電車で池袋に出て、裏路地にある安くて美味いトンカツ屋を目指す。
「あー久しぶりだなぁ。腹減った!そういや嵐牛丼食ってなかったっけ?」
悠斗の様子はもうすっかり元に戻っている。今はバロッカの悠斗ではなく、いつもの悠斗だ。
「あれはオヤツだ。全然たらねーよ。」
「ハハハ、確かに!俺今日米大盛りにしてもらおっかな。」
いつもの愛想のいい気さくな悠斗に戻ってるのを見て、嵐は小さく微笑んだ。手のかかるやつだけど、カリスマ性は一級、いつだって憎めないし、目が離せない。
…目が離せない。
トンカツを美味そうにモリモリ食べてよく笑う悠斗はライブの時とは打って変わってまるで子供のように無邪気だ。
「いいよな睦月のやつ、大学のゼミの子だってよ。写メ見たら超かわいかったぜ」
嵐が幸せそうにご飯を頬張る悠斗に言った。
「マジで?オレも見たい!!あいつなんだかんだモテるんだよなぁ」
「誰よりもモテてんのはお前だけどな。そういえば最近お持ち帰りしてないじゃん。好きな子でもできたのか?」
嵐が茶化して言うと悠斗は盛大にむせた。
「ゲホっゲホ、そんなの、いるわけないじゃん、ゲホゲホ」
「え?その反応図星?」
「ちがうよっ!最近持ち帰るのめんどくさいだけだよ。またその気になればやるかもね。」
水をぐびぐび飲んで悠斗は笑いながら言った。
「ふーん。持ち帰るのめんどくせえとか、羨ましいぜまったく」
好きな子が出来たわけじゃないのか、と嵐は内心ホッとするのだった。
「じゃあな。また次の練習ん時に。風邪流行ってるから、気をつけろよ。」
駅前で嵐は悠斗のキャスケットにポンと手を置いて言った。
拓也よりもゴツゴツして太い指。
こいつこんな手してたっけな、とふと悠斗は思った。
時々嵐は弟にするみたいに気さくに頭を撫でたりしてくる。
「うん。ありがとう。嵐も気をつけて。」
悠斗が誰にも好かれる笑顔を見せると嵐も微笑んだ。
「じゃあな」
駅前で嵐と別れると、悠斗は電車に乗って、嵐はバスでそれぞれの帰路に着いた。
練馬駅。
悠斗は降りるとアパートまでの15分をいつものコースで歩いた。
もう0時をすぎたのに、街はまだ活気があり、若者は酔いに任せて若さを謳歌している。
悠斗はヘッドフォンをつけて、トーキングヘッズをかけた。
友達。恋人。仲間。関係ないたくさんの人々。星空。肌寒い空気。コンビニの灯り。
おでんの匂い。
ここにいる俺という存在。
まるで全てが映画を観てるみたいだった。悠斗はハハハ、と小さく笑った。
バロッカの自分。音楽。ベース。観客。本音…
ぽっかり空いた穴。
これをいつか、うめられる日が来るのかもしれない。世界がここにある日が来るのかもしれない。
そう思って悠斗は歩いた。
今日は部屋で1人で寝る。映画を観てるみたいにぼんやりした頭で。
その前に少しだけ、拓也さんに電話してから寝ようかな、と思った。
携帯でコールしてみる。もうとっくに仕事は終わっている時間だ。
1コール、2コール…
「おう、どうした」
携帯から聞こえる拓也の声。
空気が一瞬、色付く。
「うん、特になんでも無いんだけど…今電話して大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。ライブどうだった?」
そんな何気ないやりとりをしながら歩いた。ただ声が聞けるだけでよかった。
「じゃあ、家ついたから。うん。また。おやすみなさい」
現実の部屋に帰る。
悠斗はシルバーアクセを外してテーブルの上に置くと熱いシャワーを浴びて眠った。
1日がそうして終わった。
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