気がついたら僕は寝台の中で窓の方を向いて座っていた。
手には潰れていないペット缶のお茶。まだ少し温かさは残っていた。
「彼」の言う通り、ソラのことに続いてコウタのこと。しんどいことが続いた。
コウタ達との出来事の後、現実の僕は体重の劇的な増減や、精神疾患の悪化、色んな抵抗や逃避をしながらなんとか生きつづけた。そしてここにいる。
僕はしばらく泣くとカーテンを開けて寝台を降り、隣の車両に移動する。きっと「彼」はこっちにいる。
歩きながらも涙が出た。膝が折れて何度も転びそうになった。
それでも止まるわけにはいかない。
「彼」に会いたい。
何両か列車を渡り歩いて連結のドアを開けた時、向こうから「彼」が歩いてやってきた。
僕は立ち止まってその姿を見つめた。
「…お客さん、夜の間は寝台車両から動かないようにと言ったはずですよ」
車掌が帽子に手を添えて目を隠すようにして言った。
僕はなんだかおかしくて笑いそうになった。「彼」が照れているのがわかったからだ。
「またそばにいてくれたね」
僕は彼に駆け寄って思い切り抱きついた。
「ありがとう。いつも守ってくれて」
彼は少しだけ戸惑った後、口を開いた。
「あなたは、少し破壊的で、危なっかしいので…今回はただの車掌として導くだけのつもりだったのに。全くオレは、少し過保護かな」
車掌はいつもの彼になって言った。
「過保護でいいから、いつまでも僕のそばにいて。あなたがいなきゃ、僕は生きていなかったんだから」
僕がいうと彼は優しく微笑んで僕を撫でた。
「オレはお前が作り出したから、お前にとって居心地がいいし楽な存在なんだよ。もちろんいつまでもそばにいる。お前が生きている限り。でも」
彼は言葉を切った。
「お前に今必要なのは、心を発掘して、本当の気持ちを自分の言葉で言うことだ。オレじゃなくて、君の周りの人たちに。現実に存在している人たちに。」
僕の両肩に手を置いて真剣な目で話してくる彼をじっと見つめた。
彼が言ってることは良くわかった。僕に必要なものは、心理的な成長。頭を鍛える様に、心も鍛えるのだ。
それは、固く石の様になった心を掘り返すことから始まる。
「うん。分かったよ。僕はまずたくさん発見してみる。それを話せばいいんだろ?」
「そう。まだこの電車が目的地に着くまで時間がある。お前は現実世界に心を解き放つ最後の仕上げに、海辺の街で仲間達に話したいんだろう。この列車の中でたくさん話のヒントを見つけ出すんだな。たくさん転がってるから。でも気をつけて」
彼は声をひそめた。
「お前を狙ってる連中もいる。お前の柔らかい心を喰ってしまおうと狙ってる奴らがいる。だから夜は寝台車にいるように。他のカーテンは決して開けてはいけない。」
僕は彼に諭され、寝台車まで送ってもらった。
「色んな声や音が聞こえるだろ。これはみんなお前の音だ。そこかしこにお前の音が転がってる。だけど中には間違った音もある。捕食者の声に耳を傾けるな。分かったね」
僕はうなづいて寝台へ戻った。
「1人でどうしようもなくなったらまた呼んでくれよ」
「うん。」
そんなこと言ってきっとまた、見かねて僕を助けてくれるんだろ。あなたは優しいから。
心の中でそう言って、僕は優しい僕の友人の手を名残惜しげに離した。
彼が去った後、一時静寂が訪れた。
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