エッセイ「美沙子の1日」

あり合わせのもので作るうちご飯みたいに、あり合わせの私の中身でお話をしてみたいと思う。
決してご馳走ではないし、見た目も地味だけど、それが私の味。
私しか知らない材料、私しか知らない世界。それが、私の色だから。
電車の窓に、写り込んでいるのはネオンと自分の疲れた顔。
日に日に日が短くなって、七時前にはすっかり日がくれてしまうようになった。
美紗子は見るともなくボンヤリと窓やそこに映る自分を眺めていた。
まだ残暑の暑さが厳しい。日中動き回って働いたから、顔も体もベトベトしている。それに、クタクタのTシャツにパンツ。本当に疲れ果てて、このままうちに帰ったら倒れて寝てしまいたいと思うけど、そうもいかない。うちには旦那が腹を空かせて晩御飯を待っているのだ。
めんどくさいなあ。
美紗子はため息をついて、つかの間の自分の時間に目を閉じた。
毎日はこうやって流れて行く。それはもう何年も前から。そして一日一日と、その過ぎ行く早さは何故か早まって行くように感じるのだった。
今日も頑張ったな。疲れた頭の中で、美紗子は自分を褒めた。あんなに辞めたくて堪らなかった介護仕事もなんとか板について、今は昔ほど辛くはなくなった。今でも行きたくない、やりたくないと思うこともあるけれど、その一方でやり甲斐のようなものも感じるようになって来ていた。続けてみるものだな、と美紗子は思う。
毎日、自分を待ってる人がいる。それは、美紗子が思っている以上に、美紗子を活かしているのだった。
「外は危ないから気をつけてね。あんたが来なくなったら、あたしは悲しいから」
認知症の利用者に言われたその一言をなんとなく思い出し、美紗子はフッと優しい気持ちになった。
京浜東北線と埼京線と西武池袋線を乗り継いで、ようやく江古田に着く。通勤はドアツードアで一時間。友達や会社の人には、遠くて大変だね、と言われるけど、ぼうっとしたり、物思いに耽るには丁度いい距離だ。
マンションまでの帰り道で小さなスーバーに寄って、夕飯の材料を買って帰る。いつものコース。
玄関の鍵を開けて入ると、リビングの電気がついている。旦那が先に帰っているのを確認して、美紗子はただいまも言わずに靴を脱いで、真っ先に洗濯機にユニフォームを投げ入れて回す。リビングに入ると、旦那がビールを飲みながらテレビを見ていた。
「誰?」
誰が帰って来たかなんてわかり切っているのに、旦那は何時ものようにこう言う。
「ミーちゃんよ。ただいま」
旦那は、んん、とかうん、とかよく分からない返事をしてそのままテレビに見入る。もう慣れてしまったけど、相変わらずそっけないその様子に美紗子は肩をすくめた。
「今日は焼きそばだよ。作るから待っててね」
「焼きそばかぁ」
焼きそばが可なのか不可なのかよく分からない返事をして旦那はビールを煽る。美紗子は何も考えないようにして台所に立った。
結婚して二年、付き合って10年を過ぎて入籍した二人は、もう恋人と言うよりも友達や兄弟に近い感覚だった。素っ気ないのも日常。これが普通の生活なのだと美紗子は思うようにしていた。
焼きそばを二人で食べて、洗濯を干してシャワーを浴びるとあっという間に寝る時間。美紗子はいつもの安定剤を二つ飲んで、ベッドに入った。旦那はまだテレビを見ている。今日も先に眠るのか。最近はめっきり夜の生活も無くなったし、それも楽でいいけれど。そこはかとない寂しさをかみ殺し、目閉じた。
私って、なんだろう。気づくともう30歳。女としては、まだまだこれからなんだけど、すっかり色気も無くしてしまったように美紗子は思う。見た目も、そんな悪くはないと思うんだけど。結婚するってこんなもんなのかなあ。
そんなことを考えるうちに、まどろみがやって来て、夢が訪れる。
このようにして、美紗子の一日が終わる。


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