今日のライブも無事終わり、嵐と悠斗と睦月の「バロッカ」メンバーは帰路についていた。
世の中の風潮的に、夜中まで店で飲んで騒ぐことが殆どなくなって、3人はライブ後に大人しく帰ることも増えた。
睦月は同棲中の彼女に会いたいから早く帰れるのは願ったりのようで、この日も足取り軽い様子だ。
「睦月、仲良くやってるみたいでよかったな。そのうち結婚すんのか?」
悠斗がニコニコしながら聴く。
ライブ後の燃え尽きも今日は早く治ったようで、いつもの「明るい」悠斗になっている。
「おう、そうだなあ。でもまだ俺ら若いだろ。結婚はもう少し先かな。そのうちしたいけどな」
なんて言いながら嬉しそうな顔をしている睦月。
「最近飲みに行ってないけどさ、また3人でゆっくり飲もうぜ。じゃ、俺お先に!おつかれ!」
睦月は駅に着くと手を振りながら階段を登って行った。
悠斗と嵐は手を振りながらバス停に向かう。
「悠斗、今日暇ならウチ来て飲むか?」
嵐が誘うと悠斗は懐っこく微笑む。
「マジ?いいの?じゃあお邪魔しちゃおっかな〜!」
ということで2人はバスで嵐の最寄りのバス停まで行くと、コンビニに寄って酒と食べ物を買った。
嵐の家に行くのは久しぶりだった。
悠斗は正直なところ、最近情緒不安定だった。トラウマのフラッシュバックが多いのだ。頼りにしてる拓也は忙しくてなかなか会えないし、1人で自分の部屋にいると頭がおかしくなりそうな時があった。
だから嵐が誘ってくれたのは嬉しかった。誰かといると気がまぎれる。ありがたかった。
「んじゃ乾杯!」
嵐のアパートで好きな曲をかけながら、2人で酒を飲む。
多分拓也の次に悠斗をわかってくれているのは嵐。
悠斗はリラックスして酒を飲んだ。
いい感じに酔って来たころ、嵐が言った。
「おまえ、腕どうした」
「え?」
ふと見ると、悠斗の両腕、ちょうど半袖で隠れるか隠れないかのところに、爪でかきむしったような傷があった。
ちょうど両手で両腕を抱くような姿勢で付くような位置だ。
嵐はそれに、ライブが終わった時から気づいていた。
それが付いた経緯を想像し、きっと悠斗は不安定なんだろうと思った。
あの無愛想な「恋人」も忙しくて一緒にいられないようだし、だから今日誘ったのでもあった。
「ああ、ハハ…なんでもないよ。ぶつけたかな」
悠斗は思わず笑って誤魔化して目を逸らす。
「あ、飲み物ないや、取ってこよ…」
と立ち上がったところを、嵐に掴まれる。体が震えて膝が折れたからだ。
「震えてる」
嵐が真剣に目を覗き込んでくるけど、悠斗は声が出ない。
そんな悠斗の頭を、嵐は自分の胸に押し付けた。抱きしめるというにはあまりにも粗野。
そう見えるように、わざとそうした。兄が弟を慰めるみたいに。
そう見えないといけなかった。
「お前いっつもそう。怖いのに、いっつも誤魔化して俺らに平気な顔してばっか。いいんだよ、そのままで。無理すんなよ。大丈夫だから。」
悠斗はびっくりしながらも、嵐の言葉に心動かされて、泣きそうになってしまった。
泣かない。
と思ったけど、ダメだった。
「う、ひう…」
声が出ないくらい涙が出てきた。嵐の胸に頭を預け、ひたすら泣いた。
思い出したくもない怖いことが勝手に頭の中で思い出されて、ここ数日本当に辛かった。
自分でも甘えてると思うけど、こうして誰かに支えて欲しかった。1人で乗り越えるには、荷が重すぎた。
拓也にはその話を詳しくしたけれど、嵐には言ってない。
トラウマの話なんか、そうそう言えるものじゃない。大事な友達だけど、大事な友達だからこそ、言えないことだってある。
でも嵐はいつも悠斗の不調に気づいてくれた。
もう嵐に洗いざらい話してしまいたかったけど、その前に涙が溢れてとても言葉なんかしゃべれなかった。
嵐はそんな悠斗をの気持ちを察してか、そのまま背中をさすってくれた。
「悠斗?……フフッ、寝た?」
気がつくと悠斗は嵐に体を預けたまま寝落ちていた。
嵐は下心が無いわけではなかったが、悠斗が予想以上に大泣きしたから、そのまま気がすむまで泣かせることにしたのだった。
「…随分泣いたな」
嵐は笑って、今度はさっきと違って優しく悠斗を抱きしめて頭を撫でる。大丈夫。そっと耳元で囁いて、抱き上げてベッドに寝かせた。
(ちなみに重いので山賊抱っこみたいに担いで布団に連れて行った。笑)
やっぱり今日1人にしないでよかった。
「お前が何か抱えてるの知ってるよ。本当ならこのまま…」
と言いながら嵐は指で悠斗の顔を撫でた。
「…なんてな」
悠斗の「恋人」のあの男に悪いなんて気持ちはかけらも無かったが、こんなふうに無力の悠斗を一方的に好きにする気はなかった。悠斗にとって自分は安心する場所でありたかった。
次の朝、悠斗は陽の光が眩しくて目を覚ます。
昨夜は泣きすぎたようだ。目が腫れぼったい。
「あれ…」
起き上がった時腕を見ると大きな絆創膏が貼ってあった。嵐が手当してくれたのだろう。
この傷は、一昨日の夜、1人で部屋で震えながら自分の手で掴んでいたらできてしまった。頭がぼんやりとして、力が入りすぎなことも気づかなかった。それでこのザマだ。
ふと見ると嵐はソファでぐっすり眠っている。
嵐がいなかったら、昨日も1人でロクなことしなかったかもしれない。怖くて過ごせなかったかもしれない。
嵐みたいなやつが、恋人だったら、本当に大切に守ってくれるんだろうな。
そんなことを思って悠斗は首を振った。
拓也が最近忙しくて会えないから、寂しくなってるだけだ。
とにかく、悠斗は嵐の優しさがありがたかった。また嵐に救われたな、と思った。
自分のことを話ししてみよう。
恐怖もあったけど、嵐には言ってもいいと思えた。
「うーん…」
そんなことを思っていたら嵐が寝返りを打って目を開けた。
「あ、おはよ、嵐。へへ」
悠斗はなんだか照れ臭くて笑った。
「おはよ。よく眠れたか?」
「うん。絆創膏ありがとな!なんか昨日はメソメソして悪かったなぁ。でもおかげでスッキリ!」
「ほんとかぁ?今日休みだろ。ゆっくり寝てっていいぜ。オレ昼からバイトだから」
嵐が背伸びをしながら起き上がる。
「え…」
と言ってしまってから悠斗は後悔した。「え…」ってなんだよ。寂しさ全開かよ。
「なんだよ、寂しいのか?」
嵐は立ち上がってふざけてベットにダイブしてきた。
「うわー!やめろっ!別に寂しくねえよ!バーカ!」
「嘘だな…寂しがり悠斗のためにいてやってもいいぜ。代わりのバイト代もらうけど。」
「やだよ!」
馬鹿みたいに朝からふざけ合ってたくさん笑って。
悠斗は気持ちが軽くなるのを感じた。
大事な友達の存在は、何にも変え難い。
今度、話してみよう。きっと嵐ならきちんと話を受け止めてくれる。
そう思えて悠斗は心がなんだか暖かくなるのだった。
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