セナがテスト期間を終えたので、忍はメールをしてみた。
セナの空いてる日に合わせ、路上ライブをやろうと思っていたのだ。そこで、オリジナル曲を聴いてもらいたい。
「自分のライブの日以外ならいつでも!」
と返事が来たので、最初の週の金曜にすることにした。
オリジナル曲はまだ忍と誠司がそれぞれ作った2曲だけだったから、コピーを入れて全部で10曲やることにした。
前からコピーし慣れていた曲をピックアップしてライブに備えた。
当日、楽器と簡易のアンプを公園に運んで忍たちは準備を始めた。
「ライブハウスと違うからなんか緊張するな」
誠司はセッティングしながらそわそわしている。
「やればなんとかなるよ。」
オリジナル曲を引っ提げた最初のライブだし、もちろん誰もお客さんはいない。
その時道の向こうからからセナがやってきた。ギターを背負っていないのが新鮮だった。
もさい天パが、身軽でちょっと爽やかそうにさえ見える不思議。
「久しぶりです!今日超楽しみにしてましたよ」
嬉しそうな顔で天パが言った。
「テストお疲れ様でした!来てくれて嬉しいっす」
挨拶を交わすとセナは準備が終わるまで少し離れたところでサンドイッチを食べていた。
忍も誠治もセッティングを終え、ライブをスタートさせた。
誠治が男性ボーカルの曲をしたり、忍がガールズバンドの曲を歌ったりして、ついに最後の2曲になった。
セナはにこやかに聞いている。
道行く人も時々足を止めて聴いてくれた。
今は3人くらいの人が立ち止まって見ている。
「今までコピーしてきたけど、最後にオリジナルの曲やります。」
忍が言った。
やるぞ、と2人は目を合わせてリズムをとった。
お客さんも何人か聴いてるし、尊敬する変人セナが聴いてくれてる。
それがすっごく嬉しい。
2人は何度も合わせて作ってきた2曲を、全力で演奏した。
どれだけいいと思ったか分からないけど、終わったらパラパラと拍手が起こった。
「ありがとうございます。今日は終わりです。僕たち金曜にいることが多いので、またよろしくお願いします」
誠治と2人で頭を下げた。2人はオリジナルを演奏した達成感を味わっていた。
ライブが終わって、セナが駆け寄ってきた。
「おつかれさまです!すごいよかったですよ!」
「ほんとですか?よかった。うちら結構緊張してて」
「それも醍醐味です。ところで最後の2曲オリジナルですよね!めちゃくちゃよかったです!!俺ちょっと泣きそうになりました。
ギラギラしてました、2人。かっこよかった」
セナに褒められて2人は目を合わせて喜んだ。
何より忍は尊敬するセナに褒められて、ぶっ飛びそうに嬉しかった。
「2人とも、今日はこの後飯行きませんか?俺のバイト先飲み屋なんですけど、料理もうまいっすよ!」
セナの誘いに2人は行きます、と答えて機材を片付けた。
セナは街のメインストリートからちょっと裏に入った古びた居酒屋「天」に案内した。
「お疲れ様っす!」
ガラリと戸を開けるとセナは大きな声で言った。
「おーセナ。その子らか、どうぞいらっしゃい」
がっしりした感じの若い大将が店の中に促した。
「若いなあ。セナから話は聞いてたよ。狭い飲み屋だけど、好きなもん食べてって。酒は出せないけどな」
「今日は店長のおごりだから、食べましょう!」
セナの後について座敷席に3人は座った。
「おごりって、悪いっすよいつも」
誠治が申し訳なさそうに言った。
「いいんですよ。俺は2人に会えてめっちゃ嬉しくて。店長に話ししたら今度連れてきなって言ってくれたんです。」
「こいつのお気に入りなら、好きなだけ食べさせてやろうと思ってね。セナは変なやつだけどお客さんによく気に入られてなぁ。うちとしても世話になってるんだよ」
店長が言うと、セナはいやぁ~と照れたように天パをグシャッとした。
3人は好きなものを頼んで、セナはカシスオレンジ、忍と誠司はウーロン茶を飲んだ。
「俺ら今日セナさんに聞いてもらいたくて、セナさんがテスト中に曲作ってたんです。」
「曲の作り方を前にセナさんに教わった通りやって見たんですけど…僕、音楽以外何にもないなって気づいて。詩を書くのは苦労しました。」
セナはほろ酔いで2人の話をにこやかに聞いている。
「それで、小説のこと聞いてきたんすね。いいんですよ、何にもないならそれで。それが今の忍さんと誠司さんなんだから。
そのまんまで言葉出したり、曲作れば。ていうか……今作るものは、今しか作れないから。17歳の今しか作れないんすよ」
セナがめっちゃいいことを言っていて、隣で誠治が涙ぐんでいる。
「逆に年取ったら年取った時にしか作れない歌もあって…えーと…いつも、その時その時が常に、最高の自分なんすよ。って俺超いいこと言ってますよね?なんか偉そうっすね、アハハ」
セナは笑ってカシスオレンジを飲み干して、カウンターに入って行って新しい酒を持ってきた。
「ところで忍さん、今日やってたあれ、なんてバンドだっけ、ガールズバンド…あれ、本当に歌いたくて歌ってたんですか?」
忍はびっくりしてピョンと背筋が伸びた。
「どういう意味ですか?」
「いや、そのうまくいえなくてごめんなさい。多分ですけど、あのバンドのこと好きじゃないんだろうなって思って。やっつけ仕事みたいに感じたんすよ。」
忍は図星だった。ガールズバンドのコピーなんてしたいわけじゃなかった。
ただ自分の声で好きなバンドの歌を歌うのが嫌だった。
「…そうです。仕方ないから歌ってます。好きなバンド歌っても、大好きな歌を自分の女声で歌ってると、嫌になるんです。」
セナはふと、あの侍のようなギラギラした目をした。
「自分の声を好きになってください。」
2人はドキドキしながら真剣に声に耳を傾けた。
「キーはいくらでも変えていいんです。自分の声で…それはコピーじゃないかもしれないけど…カバーすればいいんです。自分の声は自分にしか出せないから。
仕方なくやってもいいんすけど…そういう時は音楽やってればありますから。でも…それは見てる方にも伝わります。今嫌なんだ。この人やりたくないことやってるって。」
忍はセナの話に心を突き刺される思いだった。やりたくないことをやってる。
「たとえ下手でも誰も望まなくても、やりたいことを楽しんでる方が、ずっとカッコいいです。
そうじゃなかったら、音楽してる意味謎じゃないすか。
今日2人のオリジナル聞いて素直に1番良かったし刺さりました。
すごく楽しそうにやってたから。
やりたいことを全力で楽しんでください。そのうち自然に、いいって言ってくれる人が出てきます」
「はい…セナさんも、いつも全力だから、セナさんの歌を聴いてる時って刺さるんですね。」
誠治はキラキラした目でセナに言った。
「アハハ、だったらうれしいです。ていうか、まじ俺偉そうっすね。なんか恥ずかしい…酔ってるのかな。でも少なくとも俺はやりたいことを全力でやってます。絶対そうしなきゃいけないってことはないけど、その方が生きてるって感じでしょ」
ふふふ、と照れたように笑うセナは無邪気で本当に愛くるしい感じがした。
「超いい言葉なんで後でメモります」
「あ、ところでセナさん、この前ライブの後にぶっ倒れて寝た時、ユイちゃんって言ってたの、彼女ですか?」
単刀直入に忍が切り出した。
「え?」
セナが目を丸くして青くなった。
「俺、ユイちゃんって言ったんすか?うわマジかあ…そっかあ…」
店長がちらりとこちらを向いた。
「飼い猫です」
とっさにセナはキリッとした顔で言った。
「僕は飼い猫と間違えられたんすか…??」
「あの時セナさん寝起きで目が3だったしな」
なんとなくセナの話したくなさそうな気配を感じて、忍も誠司もその話は軽く切り上げた。
そのあとも色んな会話をしながら夜も更けてきて、忍と誠司は先に店を出て帰った。
飲み足りないというセナはもうしばらく店で飲んでいくことになった。
「ユイちゃんとこ、相変わらず毎日行ってるのか」
店長はカウンターでハイボールを飲み始めたセナに聞いた。
「あー…、はい。特に最近、ユイちゃんあんまり調子が良くなかったから」
セナはキーホルダーをいじりながらボーッとしている。
「そうか。テストしながらバイトしてユイちゃんところにも行って、お前が体壊さないか心配だったよ。店出てくれてありがとな」
「いいんすよ。俺も、店で働かせてもらうの、楽しいし。金無いし。すっげー、助かってるんです。ミスしまくるから他じゃすぐクビだし」
ふふ、とセナは困ったように笑った。
「セナさ、少し休んだらどうだ。ユイちゃん。」
「そんなこと…言わないで下さいよ、俺、ユイちゃんいなくなったらなんもなくなっちゃうんすから…」
カランと氷の音をさせてセナはハイボールを飲んだ。
「声かけてたら、いつか目を覚ますかもしれないんすよ。もしかしたら明日かもしれないし、明後日かもしれないし…そう思ったら、休んでなんかいらんないすよ。ユイちゃんが目を覚ました時俺、そこにいて俺を見て欲しいんすよ。…あー俺酔ってる。店長ごめんなさい。眠いし帰ります」
店長は気をつけろよ、と言ってセナを見送った。
なんだか泣いちゃうなあ。
天パのバカが泣いて歩いてたら救いようの無いしみったれに見えるな。
とか考えたら逆に笑えてきてセナはアハハ、と笑った。
割とそっちの方がしみったれて見えた。
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