次の日、悠斗が目覚めたのは昼近い時
間だった。
拓也は悠斗がいつの間にか眠った後部屋に寝かせてくれたようだ。
カーテンの隙間から入り込む柔らかい陽が部屋を暖めていた。
拓也の部屋を覗くと、まだぐっすりと眠っている。
未明のことを思い出して、悠斗は酷く罪悪感に襲われた。
拓也さんの家であれが出てしまった。
悠斗は自分の反応に心底嫌悪した。
しかも、キスしたんだよな。
悠斗はもちろんモテるから、今まで沢山の女の子といい関係になってきたけど、男とキスしたのは初めてだ。
しかも拓也と。
拓也のことをそんな風に見たことなんてなかったのに、昨日は全然嫌じゃなかった。
むしろすごく気持ちよかった。どんな女としてきたのより、気持ちよかった。
うーん、と悠斗は頭をかいた。
拓也が起きたらどんな顔すればいいんだろう。
気持ちを落ち着けるために、悠斗はキッチンへ行って麦茶を入れて飲んだ。
それから改めてそっと拓也の部屋を覗く。
昨夜来た時には暗くてよく見えなかったが、作曲に必要な機材が置かれ、CDラックにはぎっしりCDが入っている。
さらに床にまではみ出したたくさんの本。
部屋の隅にはハンガーラックがあって、メタTや白シャツが何枚もかかっている。
知らなかった拓也の生活空間だ。
テーブルに平置きにされている本に目をやる。
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」だった。
悠斗は宮沢賢治が好きだったから、拓也も宮沢賢治を読んでいるのがなんとなく嬉しくなり、何気なくその本を手に取った。
「僕はもうあのサソリのようにほんとうにみんなの幸《さいわい》のためならば」
悠斗は思わずその本の中のフレーズを、小さな掠れた声で口ずさんだ。
「僕の体なんか百ぺん灼いてもかまわない」
拓也がその続きを呟いたので、悠斗はビクッと驚いて振り返った。
「おはよ。気分はどうだ?」
「あっ、結構いいです」
悠斗は一瞬ドギマギしそうになったが、いつもの人懐っこい笑顔を見せた。
拓也はベッドから降りると、うーんとせのびをした。
「今なんか飯作るから、食べていきな。」
「いやいいですよ、俺どっかで食べて帰りますから」
悠斗は笑顔で答えたけれど、気恥ずかしさで拓也の顔をまともに見られなかった。
「いいよ。俺チャーハン得意だから食べていけよ。」
そんな悠斗の気持ちなんてまったく気にしない様子で、拓也は笑って言いながらキッチンへ行って料理を始めた。
仕方ないから、ここはご馳走になって、ちゃんと謝って帰ろう、と悠斗は思った。
拓也はキッチンで手際よく、チャーハンを作っていた。
そのいい匂いで悠斗の腹が鳴った。
「ほら、もうすぐできるから座りな。腹減ったろ。」
拓也に促されて悠斗はテーブルについた。
そういえばレナが、拓也さんの作る料理は美味しいって言ってたっけ、と悠斗は思い出した。
そのうち拓也が出来上がったチャーハンをテーブルに運んできた。
「うまい!拓也さんチャーハン超うまいですよ!」
拓也のチャーハンは本当に美味しかった。予想以上に美味しかった。悠斗は思わず、本気で声をあげた。
「だろ?いっぱい食べな」
悠斗は気まずい気持ちが少し和らいでいるのを感じた。
こんな風に拓也がいつも通り接してくれるからだろう。
チャーハンを食べてしまうと、悠斗は皿を洗う、と言って後片付けを始めた。
「ありがとな。俺シャワー浴びてから出かけるから。お前適当にやって。」
はーい、と返事をしながら、悠斗は皿を拭いて仕舞った。
先に帰ろうかと思っていたけど、悠斗は拓也が出かける時に一緒に出て、昨夜のことを謝ることにした。
身だしなみを整えるために鏡を見ると、泣きすぎて目が少し腫れていた。
恥ずかしかったので、前髪で隠れるように髪を整えた。
そうしているうちに拓也が腰にバスタオルを巻いて髪を拭きながらバスルームから出てきた。
「鋲のついたパンツにそのTシャツ似合うな。さすがワイルドハーツ」
「ありがとうございます。Tシャツ洗って返しますね」
「いいよ。それやる。お前似合ってるから」
「え?でも拓也さんお気に入りだって」
「お気に入りはまだたくさんあるからいいよ。大事に着ろよ?」
やがて拓也は適当に髪を乾かすと、部屋にあった黒のスキニーパンツに、白シャツを着てジャケットを羽織り黒いハットを被った。
「へぇ、拓也さんてそういうかっこもするんですね。いつもジーパンにメタTだからイメージ変わる」
「だろ?今日はスタジオの仕事じゃないからジャケット。ていうか本当の俺のスタイルはこっちなんだけどな」
ハットに触れながらニッと笑う拓也はいつもと違う色気があるように見えた。無造作な黒髪から覗く目が、さらにギラギラしているように感じた。
「ふうん。」
「なにふぅんて。もっとかっこいいとか言っていいぜ?」
「かっこいいかっこいいかっこいい」
悠斗はわざと無表情に答えた。それを見て拓也は笑った。
「全然思ってねえだろ。ていうか無表情うますぎるぞ、特殊能力か!」
悠斗も笑った。そういえば、拓也といる今は、虚しい気持ちもどこかへ行っている。
悠斗は心地よく安心感を感じていた。
拓也が出るタイミングで悠斗もマンションを出て、駅まで歩いた。
悠斗は思い切って言葉を出した。
「拓也さん、昨日は、」
「悠斗、昨日…」
2人は同時に口を開いたので顔を見合わせて笑いながら肩をすくめた。
「拓也さん、昨日はありがとうございました。」
悠斗が改めて口を開いた。
拓也は少しだけ複雑な顔をして微笑んだあと、真面目な顔になって言った。
「いや、昨日はごめんな。ムラムラし過ぎてやりすぎた。あんなことしてごめん」
「拓也さん正直すぎ。アハハ」
悠斗は笑った。
「お前のことそんな目で見てたわけじゃないんだぞ。昨日はきっと酒も入ってて、ちょっと気が昂った。本当にごめんな。」
「拓也さんが変な目で見てなかったことなんて分かってますよ。
昨日は俺が悪いです。拓也さんは何も謝ることないです。俺が自分から頼んだんだもん。
ああしてくれて安心したんです。とにかく、ありがとうございます」
悠斗はちゃんと伝えようと思っていたのに、真っ赤になってしまって下を向いた。
拓也もなんだか照れ臭くて、珍しく顔を赤らめている。
「うん。お互い、昨日はきのう、ってことにしようぜ。今日からはいつも通り。変な意味じゃなくてさ、またなんかあったら頼ってこいよ。飯も行こうぜ」
拓也は正直な性格なのを悠斗も知っていたから、本心でそう言ってくれているのが分かった。
なんだか、嬉しかった。
「ありがとうございます。拓也さん、優しいですね」
悠斗は柔らかく微笑んだ。
拓也も黒いコートに手を突っ込んだまま笑った。
「じゃ、またバイトで!お邪魔しました、仕事頑張ってくださいね!」
「おう、お前も体壊すなよ!じゃあな」
2人は駅の中で別れた。
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