忍と『変人』ミュージシャン⑨

忍がこの間の雨の日のことを話すと、誠司は飲んでいたコーラを吹き出しそうになった。

「お前って肉食系だな見かけによらず」

「てへぺろ」

「てへぺろじゃねぇよ。んでセナさんからそのあとなんかあったか?」

「いや、特に。だからユイちゃんがそのあとどうなったかは分からない。」

忍はメロンソーダを飲んだ。

「話からするとかなり厳しそうな雰囲気だよな。今度「天」行ってみようぜ。お前も服返すんだろ」

「うん。そうしよ。あとさ誠治」

「ん?」

「お前ってやっぱいいやつだよな。顔怖いけど。あん時、ありがとな」

「顔怖いは余計だ」

誠治は笑った。

友達を助けるのは当たり前だろ。俺たちは親友なんだから、と誠治は思った。

2人は音楽活動をする名前を決めていなかったから、何にするか相談しあった。
「ダサいのはヤダしなぁ…誠司に任せたら虎舞竜みたいな名前つけそうだしな」

「お前全国の虎舞竜ファンに謝れよ。蛇素手洲とかどうだ」

「は?」

「ジャスティス」

忍は無視してドリンクバーにコーラ取りに行った。

「で、僕思ったんだけど」

「俺の全無視ね」

「アオハルってどう?」

忍はペーパーにサインペンで「アオハル」と書いた。

「ありそうだけど。アオハルって字面も響きも好きなんだ。」

「おお、なんかいいな。それにしようぜ」

おかしなことを言ってた割には誠司はすんなり気に入ったようだ。

2人は「アオハル」として活動することにした。

アオハルとして、ライブ告知やメッセージなど前回よりもふんだんに内容の濃いチラシを作った。

路上だけでなく、ライブハウスでも以前よりたくさんやるようになった。オリジナル曲は増えていた。

ライブハウスではサポートドラマーを入れていたが、

アオハルとしてドラマーが必要だと思った。

ライブハウスだけじゃなく、路上でも簡易なドラムやカホンやタムが叩けるやついたら最高なんだけど、と思っていた。

そのうちライブハウスのマスターが1人ドラマーを紹介してきた。

それが桐生仁だった。

仁は忍たちより2個上で、子供の頃からドラムなどパーカッションをやってきたのでかなり腕がいい。

ちょっとぶっきらぼうだけど、2人は仁と「アオハル」の活動をしていくことに決めた。

「お前らの曲結構いいよな。CD作ろうぜ。知り合いにレコーディングスタジオ経営してる人がいるんだ。少し金はかかるけど、やってみないか?」

仁の提案に忍も誠治も大賛成だった。
そしてアオハルは8曲入りのCDを作った。

忍は、セナが1人でも多くの人に聞いて欲しいって言っていたことを思い出した。

今なら、前よりもっと分かる。

このCDを1人でも多くの人に聞いてもらいたいと強く思った。


そんなある日、忍は誠司と一緒にCDを持って「天」に行ってみることにした。

忍はセナに、「天」に行くことをメールしてみたけど返事は返ってこなかった。

最近返事が返ってこないことが多くて、なんとなく、もしかしたら、と思った。

入り口を入ると店長がおお、久しぶりだなあと微笑んでくれた。

2人はカウンターに腰掛けた。

「店長遅くなってすいません、これこの前借りた服です」

「おう、こんなもんいつでもいいんだよ。ゆっくりしていきな。」

季節はもうすぐ秋が終わり、冬の気配が近づいている。

「店長、セナさんどうしてますか?」

「ああ…あいつは最近休んでるよ。疲れ溜まってたんだろ。お前らがきたら渡してくれって、これ預かってるよ」

それはいつものようにグシャッとしたチラシだった。

今月のライブの予定が書かれている。

「あと一回じゃん。川辺公園か。」

「見に行ってやってくれ。あいつ、しばらくライブやらないかもしれないから。」

2人はうなづいた。

「店長、もしかしてユイちゃん、、」

店長は、悲しそうな顔でうなづいた。

「人の命ばっかりは、どうしようもないよな。どんなに手を尽くしてもダメな時は抗いようがない。あいつはよく頑張ったよ。」

2人は胸が痛くてうつむいた。

「辛いけどな。お前たちは生きてるんだ。生きてるからには、飯を食え。食べることは生きることだぞ。さあ、なんにする?」

店長に明るく微笑まれて2人は気持ちがほぐれた。

17歳の若者らしく、たらふく食べた。
食べられるって幸せだ。


2人はCDを渡して、ちゃんとお金を払って店を出た。

「ユイちゃん死んじゃったんだな」

忍はポツリと言った。

「セナさん辛いだろうな。」

2人はセナに作った歌を聴かせたかった。それは何の慰めにもならないかもしれないけど、

少なくともセナを思う人間がいるって思ってもらえたら。

生で聴かせる機会はないだろうと思ったから、次のセナのライブでCDを渡すことにした。

「誠司わかる?僕が今考えてること」

「いや?なんだよ」

「セナさんすごい悲しいだろうって思いながら、いつかセナさんは僕のものになるかもしれないって思ってんだ。人が死んでんのに」

忍は言った。

「最低って言ってくれよ」

「ああ、最低だなお前ってやつは」

ふふ、と誠司は笑った。

「でもな、お前は正直だよ。嘘ついてねぇもん。最低だけどそういうところ、俺は好きだな。それに、ちゃんとユイちゃんに敬意を抱いてるのも知ってる」

「なんで分かるの?」

「分かるよ。そんなに泣いてりゃ」

と言って誠治はぽん、と忍の肩を叩いた。

忍は自分が結構泣いていたことに気づかなかった。

下を向いて、ありがと、と言った。



セナのライブまでに、アオハルは何本かライブをこなした。

CDの売れ行きは好調で、インディーズレーベルの人も何度かライブを見に来ていた。

「キャットタワーレコーズ」から、うちでCDを出さないかと誘われ、忍たちは飛び上がって喜んだ。

インディーズデビューってやつだ。

新しいアルバムを作るにあたって打ち合わせや曲作りをしたりしていて、時間はあっと言う間に過ぎた。

そしてセナのライブの日。
忍と誠司は川辺公園に向かった。

いつもの場所にはもう人が集まっていて、セナはいつものようにチューニングをしている。

いつもと違うのは、全身が黒のコーディネートだということ。

セナは時間になると黙って立ち上がっていつものように弦を鳴らした。

目はすでに激しい侍だった。

アーティストは人に届けるのだから、自分で泣くことなんて滅多にない。

けど今日のセナは、いつものように歌いながら、涙が頬を伝っていた。

声こそ震えたりはしなかったけれど、その姿はあまりにも圧倒的で、
そこにいた観客誰もが心を打たれた。

誠司はボロ泣きで、忍も柄にもなくボロ泣きした。

最後の曲が終わり、セナが喋る。

「俺今まで、大事な人のために歌ってたんですけど、いなくなっちゃったんです。
俺はあの子のこと大好きだったんだけど、ダメでした、俺より、天国の神様の方があの子のこと好きだったみたいで。
神様なんていればの話ですけど。
いたらぶん殴ってやりたいんですけど。命ってたくましいけど、儚いですね」

セナはポロリポロリとギターを爪引きながら話している。

「しみったれた話してますね。ごめんなさい。とりあえず俺、今日でしばらく音楽やめようと思います。
よく心にぽっかり穴が開くっていうじゃないですか、それマジだなって。
穴開いてみて初めてわかりました。もしかしたらいつか歌うかもしれないし、もう歌わないかもしれません。
来てくれたみなさん、本当にありがとうございました!」

セナは深く頭を下げた。

観客は、え?とかマジ?とかざわつきながらも、拍手の中で

「また待ってるから戻ってこいよ!」

とか「セナくん応援してるよ!」とか言葉が飛び交った。

顔を上げたセナは涙でぐちゃぐちゃになりながら、嬉しそうに微笑んでいた。

客はセナの最後のライブでCDを買ったり、話しかけたり、その度にセナはいつものように笑顔で答えていた。

「セナさん、お久しぶりです」

人がパラパラと帰ってしまうと、忍と誠司は声をかけた。

「あ、2人とも!今日来てくれて良かった!ひとまず一度終わることにしたよ。色々あって俺も、バカだけど時間が必要みたいだなって。今日までありがとう。」

「また戻ってくるんすよね?」

誠司が聞くと、セナはアハハ、と困ったように笑った。

「それは、まだ。歌いたくなったら戻るかもしれないし、俺もよく分からないや」

誠司も忍も、うなづくしかなかった。

「これ、僕たちのCD。インディーズデビューすることになったんだ。セナさんに聞いてもらいたくて」

セナは目を丸くしてから、本当に嬉しそうに微笑んだ。

「うわ、マジすごいね!!おめでとう!着実に進んでるんだね!俺、ずっと応援してるよ。新譜が出たら買うし、ライブ行くから」

CDを受け取ると、キラキラした目でジャケットを眺めた。

「アオハル。カッコいい名前だね」

「僕はその中の、『美しい人』って曲をきいてほしいんだ。あなたのことを思って作ったから」

「俺を?」

「うん。いつか、ライブで聴いてほしい。けど、誠司今日はもう帰ろう。
セナさん、ゆっくり休んで。
僕はあなたのこと、待ってないから。あなたが生きたいように生きて。」

忍は微笑むと、背を向けて駅の方にスタスタと歩き出した。

珍しく無愛想に去る忍の後を誠司が追う。

「ありがとう」

後ろでセナの声が聞こえた。

「おい…いいのかよお前」

「いいんだ、帰ろう」

「ったく。顔はいいって言ってないぜ。」

忍は声を殺してボロボロに泣いた。バカ丸出しに顔を子供みたいに歪めて泣いた。

もうセナのライブでこうして会えなくなるかもしれない。

今日あなたにかけたい言葉もたくさんあったのに、いざあなたを目の前にしたら何も言えなかった。

あんな言い方しかできなかったけど、あなたを想ってる。

それにあなたのために作ったなんて、あんな歌、告白以外のなにものでもなかった。

恋愛だろうが敬愛だろうが、あなたを思う誰ががいること、伝わりますように。

忍はそう思った。

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