忍と『変人』ミュージシャン⑩ 完結

ユイちゃんは、セナの大学の同級生だったそうだ。

2人は似た境遇で、セナは両親を早くに亡くして兄と2人だったし、
ユイちゃんは父娘家庭で育った。

大学に入って結構すぐにユイちゃんの父親は莫大な借金をしたまま亡くなり、

ユイちゃんはその肩代わりをするために学生をしながら仕事をいくつか掛け持ちしていたらしい。

セナはそんなユイちゃんのそばにいて、半同棲な感じで支えていたそうだ。

セナはユイちゃんが少しでも楽になれるようにと美味しいものを作ったり、気分転換に外へ連れ出したりした。

それでも、ユイちゃんの心は限界まで蝕まれていた。

ある日セナが部屋を訪れるとユイちゃんは自殺未遂を図っていたのだ。


一命はとりとめたけど、意識は戻らなかった。

遺書の中で、セナはユイちゃんが風俗で働いているのを知った。
セナへの謝罪の言葉がたくさん書かれていたそうだ。

自分が早く気づいてあげられていたら…セナは自分を責めた。

ユイちゃんの意識が戻るのを信じて3年間ほとんど毎日、セナはユイちゃんの病室に通った。

それでも、ついに再び話せることはなくユイちゃんは亡くなってしまった。


それが、「天」の店長が話してくれたセナとユイちゃんの話。

「あいつはあんなだけど、相当苦労してきたんだよ。

じぶんが歌うのは、目が覚めないユイちゃんのために、ユイちゃんの分まで生きたいからだって言ってたよ。

あいつ兄さんも数年前亡くしててな。事故で。だから余計に、ユイちゃんがいなくなったら何もなくなっちゃうって思ってたんだよな。」

忍と誠司は店長の言葉を黙って聴いていた。

あの全身全霊は、そんな思いが込められてたんだな。

「あいつ就活してみるって言ってたよ。違う人生も考えるんだろ。たまに連絡とってやってくれよ。きっと喜ぶから。」

わかりました、と忍は言った。誠司もうなづいた。

一人でいたいんだろうな。

もし、誰かにそばにいて欲しくなったら、好きとか、手に入れたいとか、そんなことじゃなく、ただあなたのそばにいるよ。

この気持ちが少しでも届いて欲しい。
忍はそう思った。


季節は過ぎていった。

忍たちは卒業のシーズンになり、周りはそれぞれ短大に行ったり就職したり、進路を決めていた。

忍と誠司は、インディーズの契約を続け、音楽をやっていく道を選んだ。

「お前たち本当にそれでいいのか?」

担任は2人に改めて聞いた。

「いいんです。もしも、何もならなくても、その時はその時です。どうにもならないことなんてどこにもないでしょ、先生」

担任は微笑んでうなづいた。

「金や学歴が全ての幸せを決めるわけじゃない。とはいえ、金や学歴が多くの幸せを決めるのも事実だ。
だけど、やりたいことを思い切りやる、それ以上の幸せはないだろうな。お前ら思い切りやってこいよ。応援してるよ」

担任は2人と握手をした。

自分たちを信じてくれる人がいるのは、本当に嬉しかった。

この学校へ来てから、先生たちは忍たちのやりたいことを否定しないで放っておいてくれた。
だからのびのびと出来たのだ。

色々あったけど、この学校に来れてよかった。

そして忍たちはフリースクールを卒業した。


アオハルとしての活動を本格的に増やし、ライブも精力的に行った。
まだ駆け出しのバンドだから、一部のファンを除いてアオハルの認知度は低かった。

周りには沢山のライバルたちがしのぎを削っている。

勝つというのは感覚的にちがうと思ったけど、忍は1人でも多くの人にアオハルの曲を聴いてもらいたいと思った。

誰も望んでなくても、やりたいことは思い切りやればいい。そのうち、いいって言ってくれる人が勝手に出てくる。

セナは前にそんなことを言っていた。
忍はその言葉を信じていた。


ドラムの仁とも信頼関係を築きながら、
新しいEP盤を作ったアオハルは各地のライブハウスで小さなツアーのようなものもやった。

そんな毎日が過ぎ、忍は19歳になった。 

時々、セナと連絡は取っていた。

どうやら今就活真っ最中のようだ。(セナは一浪していた)忙しくてライブには来なかった。

体に気をつけてください、と言っていつも締めくくった。

忍は、まだセナは一人で居たいんだろうな、と思った。

本当なら、また会いたいし、バカ言い合ったりしたいんだけど、きっと今はその時期じゃないんだろう。

そう思って、いつかきっと会える、と気持ちを切り替えていた。

そんな秋のことだった。


忍はライブの帰りに、なぜか無性に川辺公園近くの歩道橋に行きたくなった。

人目を憚らず大声で泣くセナにキスをしたのはこんな時期だったな、とふと思い出したのだった。

歩道橋の上で思い出に浸るのも悪くないな。しみったれてみようか、と忍は思った。

駅を降りて川辺公園に向かうと歩道橋が見えてきた。

だいぶ暗くなってきたからよく見えないけど、誰か先客がいるようだ。

ウソだろ。こんな偶然ってあるかよ。

忍は奇跡のようなタイミングに鳥肌が立った。

黒いスーツを着た天パがそこにいた。

「セナさんだよね」
「あれ…忍さん?」

見慣れないスーツ姿のセナはぼんやり顔を上げた後、嬉しそうに微笑んだ。

「やっぱりセナさんだ。スーツ姿、なんか新鮮。元気でした?」

「うん、まあまあだよ!なかなか就活ってうまくいかなくってさ。今日も落ちちゃったし。」

元気なわけないのに、元気だった?なんて陳腐な挨拶言葉しか言えなかった自分がバカだなあと忍は思った。

「忍さん、なんか大人になったね!綺麗になった。しばらく会ってなかったもんね」

「そう?ふふ、なんか嬉しいな。セナさんも、大人の男になったって感じ。スーツ着てるからかな。」

二人はしばらく欄干にもたれて景色を眺めた。

「忍さん、今持ってるアコギ、ちょっと弾かせてくれないかな。」

気持ちいい風が吹き抜ける歩道橋の上で、セナは今まで見たことのないような深い瞳を向けて忍に言った。

「えっ……もちろん、弾いて」

忍はアコギを持っていたことを心底良かったと思った。


二人は川辺公園のいつもライブをしていた場所に移動した。

セナはギターを受け取るとチューニングをしたり指慣らしを始めた。

「俺最後のライブ以来ギター触ってなくて。うわー久しぶり。弾けるかな」

嬉しそうなセナを見ていて忍も嬉しかった。

「忍さん、ちょっと持ってて」

忍に一旦ギターを渡すと、セナは靴と靴下を脱ぎ、ネクタイとベルトを外してジャケットを脱ぎ捨てた。

シャツをパンツから出し、裸足で芝生に立った。

「あーーー楽!!!っしゃ!歌う!」

忍からギターを受け取ると、セナはあの時のようにギラギラと全身全霊で、だけど、ものすごく楽しそうに歌った。

ずっと聞きたかったセナの生歌だ。
セナは気の済むまで歌うと、へへっと笑った。

「俺やっぱ歌いたいや。今度は自分のために。俺歌うのが好なんだって、時間かかったけどやっと分かった。忍さん、ありがとう」

ギターをケースにしまうと、セナは芝生に寝転んだ。

「セナさんの歌は、やっぱりかっこいい。僕、ずっと聞きたかった」

隣に座って忍は言った。

「ありがとう。俺やっぱ音楽活動する。やりたいことがあるのにやらないなんて、死んでるように生きてるみたいなものだもんね。
って前に自分でも言った気がするんだけど自分で言ったこと分かってなかったんだね、今わかった」

セナはハハハ、と笑った。
お兄さんのことやユイちゃんのこと、たくさん苦しんで乗り越えてきたんだろう。

まだまだきっと、乗り越えてないこともあるだろうけど。

それでも今のセナは本当に清々しい顔をしていた。

忍はそれがとても嬉しかった。

「忍さんに最初に聞いてもらってよかった。俺もしかしたら今日忍さんに会えるような気がしたんだ。理由よくわからないけど」

「僕も。何かに導かれてるみたいだった。どっかで今日、セナさんに会えると思ってた。歩道橋にいるのが見えた時、奇跡ってあるんだなって思った。」

忍は寝転んで、そっとセナの手を握って、セナを見つめた。

「わ、わ、そんな見ないで、照れる…」
「プッ…フフッ。セナさん、かわいいよね」
「からかわな……」
言い終わる前に、忍はセナを抱きしめた。

ぎゅっとセナを抱きしめて、天パを撫でた。


「待ってたよ」


セナは忍の胸に抱かれながら、嬉しそうにふふっと笑った。

「忍さん、待ってないよって言ってたのに」 

「ほんとは待ってた。セナさんが好きだから」

「俺も、俺……」

セナは起き上がって忍を見つめた。
歌ってる時の侍みたいな目だ。
忍はぞくりとした。

「俺…忍さんが好きだ。」

セナのまっすぐな告白に、さっきまで優位に立っていたくせに忍は心臓がバクバクして顔を真っ赤にしてなにも言えないでいた。

大好きな人に、好きだって言われてる。泣きそうだ。

「忍さんが俺に作ってくれた歌を聞いて、俺、すごく嬉しくて。そんなに想ってくれてることが嬉しくて、凄い泣いた。ボロボロの俺を抱きしめてくれてるみたいだった。忍さんが音楽を愛してまっすぐに生きてることも、自分を偽らないように一生懸命に生きてることも、俺は綺麗だと思うんだ」

侍みたいな目がスッと優しくなり、歩道橋の上で見せたみたいな深い瞳で忍を見つめていた。

「けど俺は、まだ整理がついてないことがたくさんある。忘れられないものも、手放したく無いものも、悲しいことも、たくさんありすぎるんだ。もう少し…きっと時間が必要なんだ。」

「うん。分かるよ。」

忍はセナの言葉に深くうなづいた。セナが悲しいことについての気持ちを話ししてくれたのは初めてだった。

「だから…忍さんを好きでも、俺は整理をつけるまでは好きだって言っちゃダメだと思ってた。そんなのはあなたを傷つける。」

忍はうなづいた。セナの真摯な気持ちが伝わってきた。

「でも言っちゃった。俺バカだよね」

セナが急に申し訳なさそうな顔になって言ったので、忍は思わず吹き出した。

「プッ!!アハハ!!セナさんてほんと、嘘つけないよね」

忍はひとしきり笑ったあと言った。

「ねえ、セナさん。セナさんの悲しみはセナさんにしか分からない。
一人が必要かもしれない。
けどね、僕は思うんだ。あなたは一人で抱え込まなくていいんだって。あなたが必要なときは、僕はいつだってあなたのそばにいる。色々抱えたままのあなたでいいんだよ。…そんな感じで、そばに居させてくれませんか」

セナは黙って忍を見つめている。その目は、街灯の灯りを受けてユラユラと揺れている。

「俺、きっとすごい恵まれてるんだ。きっと、兄貴もユイちゃんも、俺を一人にしないようにって、きっと、出会わせてくれたんだ。」

今度はセナが忍をきつく抱きしめた。

「ありがとう。こんな俺でよかったら、そばに居て欲しい。」

忍はセナが優しく言いながらも、かすかに震えているのを感じた。怖くて、寂しいよね。

「うん。大丈夫だよ。そのままのあなたと、僕は一緒にいるから」



「…というわけなんだよ」

「ふーん、つまり、付き合うことになったってわけね」

誠司の問いに忍はうなづいた。


「ま、そういうことかな。」

「よかったな、お前、想いが叶って。」

誠司は2人のことを本当に喜んでくれた。

「ありがとな。誠司はどうなんだよ、前に言ってたハルコちゃん。デリヘル嬢だっけ?」

アオハルの楽屋で話していると仁が後から入ってきた。

「ん?デリヘルがどうしたって?」

「誠司が好きな子だよ。こいつ風の女の子に惚れてんの」

「だっ…なんかズバリと言われるとすげえ恥ずかしいな」

仁は二人の会話に咳払いをした。

「あっそ…それよりな、次のアルバムの話だよ。武内廣治って人が俺らのプロデュースをしたいって言ってるそうだ。今度会うことになったぞ。いいな?」

プロデュースね、おもしろいじゃん。

忍はオーケー、と答えた。

誠司もおう、と親指を立てた。

まあ、それはまた別のお話。


忍はアオハルの活動をしながら、
セナは自分の活動をしながら、日々は過ぎていった。

忍とセナはスケジュールの合間に会っていた。ハタチになった忍は一緒に酒も飲めるようになった。

忍にとってセナは、バカで変人で不器用で最高にかっこいいミュージシャンであり、愛する人だった。

自分は男だか女だかよく分からないけど、

そんな自分を愛してくれるセナはすごいやつだな、とも思うし

よく考えたら変人を愛してる僕もすごいやつじゃん、と思って笑った。

「忍さんなにニヤニヤ笑ってんの?」

「天」のカウンターで2人は並んでいた。

「ん?僕笑ってた?ふふふ」

「変な忍さん。なんかヤラシイことでも思い出してた?」

「違うよっ!なんだよヤラシイことって…なんか、セナさんと酒飲めるようになったんだなーって思って」

「ふふふ、忍さん大人になったもんね!俺ピックぶちまけた時から可愛いと思ってたけど、もっと綺麗になったよね。あ、店長ナンコツ唐揚げくださーい」

可愛いと思ってたのかよ。そういうことさらりと言うなよ…

本当は、きっとユイちゃんのこともまだセナさんの中にある。

僕はセナさんのことを慰めてるだけの存在なのかもしれない。

それでも、いいかなって忍は思った。

たとえただの慰めに過ぎなくても。好きな人が幸せなら、忍はそれでも全然構わなかった。

「今度俺自主インディーズレーベル作ることにしたんだ。で、CD出すんだけど、忍さんのために作った曲入れたから、聴いてね!」

「えっほんと?!凄いじゃんセナさん!てか僕のための曲?うわ嬉しい」

セナは喜ぶ忍を見て嬉しそうに微笑んでいた。

「忍さん、大好き」

「え、急になに…僕も好き」

天パが店の空調でユラユラ揺れていた。

酔っ払っているせいかな。

セナの顔がいつもよりすっごくかっこよくて愛しく見えた。


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