拓也と悠斗は、あれ以来バイトで会っても今までと変わらず接していた。
拓也は悠斗のあの怯えた反応が気になっていたけど、悠斗が自分から頼ってくるまでは深く突っ込まないことにしていた。
悠斗は悠斗で、あの時慰めてくれたのはすごく嬉しかったけど、慕っている拓也と気まずくなりたかなかったから、いつも通り接していた。
「拓也さん、悠斗、見てよ。武内さんからこんなに野菜届いたよ。」
遅番との交代でまだスタジオにいたレナがスタジオ宛に届いた荷物を持ってきた。
武内さんというのは一時期拓也の家に下宿していた響という高校生の叔父で、音楽プロデューサーだ。
紆余曲折へて今は故郷に帰っている。
「〝元気ですか。こちらもぼちぼち、田舎の暮らしを楽しんでいます。うちの畑で採れた野菜みんなで食べてください。響もみんなに会いたいってギターの腕を磨いてるから、そのうちまたよろしくね。武内廣治〟」
悠斗が同封されていた手紙を読んだ。
「うわーたくさん送ってくれたんだな。みんなで分けて持って帰ろうぜ。」
3人は袋いっぱいの野菜を分け合った。
「すごい美味しそうなズッキーニ。私帰ったらラタトゥーユ作ろ。」
「いいなレナのラタトゥーユおいしそう。俺にも食べさせてよ」
「いいよ、明日持ってくる。拓也さんも食べるでしょ?」
レナは相変わらずニコリともせずに言う。愛想がないけど、結構マメで時々差し入れしてくれる。
「食べる!待ってるわ。ありがとな」
拓也は嬉しそうに笑った。レナも無自覚なのか拓也には愛想がいいので、えくぼのある笑顔を見せた。
レナはわかりやすくてかわいいな。
悠斗はそう思って笑った。
悠斗は本当に時々だけど、拓也とレナとセッションをするのを楽しみにしていた。
「ねえまた武内さんや響くんとセッションしたいね。レナもあのとき最高だったでしょ?」
「まあね。響、元気にしてるかな。」
「お前は響に世話焼いてたもんな。お気に入りなんだろ?」
拓也が茶化すように言うと、レナは拓也にしか見せないふくれっ面をした。
「拓也さんからかわないでよ。私はただ響に協力してただけ。まあ…いい子だったけどね。また来たら、セッションするのもいいかもね」
じゃあね、とぶっきらぼうに言うとレナはいつものようにスタスタと帰っていった。
「…ねえ、拓也さん。レナって分かりやすいと思いません?」
「ん?そうだなあ。あれは結構響のこと気に入ってるよな」
そうじゃないっ…!
やっぱりこの人は分かってないな、と悠斗は思った。
悠斗が虚しそうなことは気づくのに、レナの反応には気づかないなんて。
きっとこんな風に女心には鈍感に生きてきたんだろうなぁ、と思って悠斗は笑った。
その時悠斗はふと、拓也にこの前キスをされたことを思い出して、レナに申し訳ない気持ちになった。
だけどあれは…変な意味じゃなく、拓也さんが慰めてくれただけだから。
そう思い直して、悠斗はレンタルから戻ったギターケーブルを片付け始めた。
悠斗はバイトを増やしながらも、定期的にライブをこなしていた。
ベースボーカルはリズム隊としての安定を守りつつ、ボーカリストとして観客に心を伝えなければならない。
悠斗は音楽で何かを伝えるというより、訳の分からない感情を音に乗せていた。
いつも生きている白黒の無声映画のような世界とは違って、ここは悠斗にとっての現実。
悠斗の中にある正体不明の怒りや不安や憎しみが、「バロッカ」の音楽だった。
ただ、その中に希望のようなものがあることに悠斗は気づいていた。
自分から希望のようなものが出てくるなんて。思いもしていなかった。
憎しみ、怒り、それはギラギラとした音になって響いた。
観客はその攻撃的なグルーブに酔いしれた。ほとんどの観客は、悠斗が紡ぐその音を目当てに聞きにきていた。
怒りを具現化してくれる美しきモンスター。
ファンの目に悠斗はそう映った。
ただ注意深く聴くと、そこには必ず希望があった。
一部のファンはそこに気づいて、宝物を見つけたような快感に浸った。
メンバーはギターの睦月とドラムの嵐。
高校の同級生で組んだバンドがここまで来られるとは思わなかった。同じ軽音部に所属していて、この2人とは馬があったのだ。
それでも、悠斗は2人とも悠斗の本当の姿に気づいていないと思っていた。
音楽をしている時の悠斗は、現実と繋がってギラギラしていたからだ。
「バロッカ」としての活動は楽しかった。
ただ、いま一つ、壁をぶち破る必要があるとメンバー全員が感じていた。
バンドとしてさらに成長するためには、変化が必要だった。
そこで彼らは、年末からの休みを利用して地方にもライブで回ろうと考えた。
資金繰りは簡単ではなかったが、音源の売り上げも伸びていたので、なんとかなりそうだった。
1ヶ月以上、悠斗は断続的にバイトも休まなければならなかった。
正直かなり金銭的にきつかったが、唯一の生きる糧の音楽をさらに高めるため、決心した。
「そういう訳で、拓也さんすいません。」
悠斗は拓也にいきさつを説明した。
「分かった。こっちは心配するな。お前たちのやりたいことをやってこいよ。きっと飛躍する。応援してるぜ」
拓也は笑顔で悠斗の肩をポンと叩いた。
「ありがとうございます」
悠斗もニッコリと笑った。
「よっしゃ、じゃあ景気づけにメシでもおごるよ。お前金ないだろ?いっぱい食って力つけろ」
「いいんですか?やった!お言葉に甘えます!」
「おう、じゃ、なに食べたい?」
拓也は悠斗が普通だったので内心ホッとした。
あの時いきすぎた行動したから、悠斗は誘いを嫌がるかとも思っていたからだ。
もちろん、拓也は下心とか無しに、悠斗を応援する意味で誘ったのだけど。
「肉!!肉一択!!俺すき焼き食べたいです」
悠斗は悠斗で、なんとなく拓也に申し訳ない気持ちをずっと持っていたから、こんな風に普通にご飯に行けることが嬉しかった。
拓也は駅前通りのすき焼き屋に悠斗を連れて行った。
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