週末のすき焼き屋は満員で、人がごった返していた。
話し声が飛び交っていて、拓也と悠斗は大きな声を出しながら会話をした。
やがて大声に疲れた2人は、食べ終わると早々に店を出た。
「すげえな週末。俺耳変になったんだけど」
「めっちゃすごかったですね…俺はでかい声出し疲れました」
「だよな。気分転換に飲み直そうぜ。近くに知り合いのバーあるから」
「いいですね。」
2人は路地を入って少しのところにある、地下のバーに入った。
「マスター久しぶり。相変わらずいかついなぁ。元気か?」
拓也はカウンターの奥のスキンヘッドの中年のマスターに話しかけた。
「おうタクか。久しぶりだな。最近は若い奴らが飲まなくなってるから客もめっきりだよ。お前みたいな飲んだくれがもっときてくれたらいいんだけどな」
拓也は笑った。
「こいつ俺の店で働いてる悠斗。」
拓也のとなりのカウンター席に座った悠斗はマスターに笑顔を見せた。
「はじめまして。城戸悠斗です。」
マスターは一瞬悠斗を見て動きを止めた。
「…おお、よろしくな。俺はタクとは長い付き合いなんだ。ゆっくりしていってくれよ」
「何一瞬固まってんの?…そういやお前、ゲイだっけ。忘れてた。悠斗に手ェ出すなよ?」
拓也は本気で忘れていたらしく、あっという顔をしてマスターに言った。
忘れるってことは、拓也は付き合う人間がゲイだとかバイだとかはどうでもいいのだろう。
人のことを偏見で見たり、また無理にナチュラルにしてもいないところが、いかにも拓也らしくて悠斗は好きだった。
「出さねえよ。ごめんな悠斗くん。あんたがあんまり綺麗だからさ。ほら、誰だってあるだろ。あんまり綺麗な人見たら固まるとかさ。そんだけのことだ。気にしないでくれよな。」
マスターははにかんだように笑った。中年の男なのに、なんだか10代の女の子みたいなはにかみ方をして可愛かった。
2人は時々マスターを交えながら話をした。
バンドのこと、これからのこと、音楽業界のこと、楽器や機材のこと。
マスターは元ベーシストで、いろんな情報を悠斗に教えてくれた。
悠斗は時々タバコを吸いながら、落ち着いた店内で流れるロックの名曲に身を任せ、そんな話を楽しみながら心地よく過ごした。
そうして夜も更けていった。
悠斗は終電なので帰らないと、と言った。
「なんだ、タクの家泊まっていけばいいじゃん」
マスターがさらりと言った。
それはさすがに気まずい…悠斗はとっさに言い訳を考えた。
「明日早いんです。バンドメンバーと打ち合わせがあって」
拓也はジントニックを飲みながら黙っていた。
「そっかあ。気をつけてな。また飲みに来いよ。」
マスターは二人の間に流れる微妙な空気を感じ取ったようだった。
「俺も帰るわ。また来るな」
拓也は悠斗の分も払って、店を出た。
階段を上がって地下の店から路地に出ると、店の前で2人は足を止めた。
「今日はご馳走さまでした。 うまかったです」
「おう、またなんか食べに行こうな。」
「……」
悠斗は、それじゃあまた!と言おうと思ったのに、笑顔のまま一瞬止まってしまった。
俺、なんで止まるんだよ。
「拓也さん、それじゃ、また」
「おう、またな。気をつけて帰れよ」
拓也はいつものようにニッと笑った。
悠斗は駅に向かって歩きだした。
本当は…
本当は、この前みたいに一緒にいて欲しかった。
でもこれは恋愛じゃなく寂しいだけだ。
拓也さんは俺の抱き枕じゃないんだから。
寂しいから慰めてほしいなんて、そんな勝手な話あるかよ、と悠斗は思った。
寂しいから、またキスして欲しい、なんて…
言えるわけない。
悠斗は寒さと寂しさから身を守るように両肩を抱いた。
「悠斗!」
その時後ろから拓也の声がした。
「お前携帯!バーに忘れてたぞ」
悠斗はびっくりして振り返った。
「えっ…すいません!わざわざ…」
その顔を見て、拓也は息を切らせながら目を丸くした。
「お前…なんで泣いてんの」
「えっ…??」
悠斗はその時初めて自分が泣いていることに気づいた。
「…多分あくびです」
「あくびでそんなにボロボロ涙が出るか」
恥ずかしくて、顔を覗き込んでくる拓也になんだか胸がドキドキしてしまって、悠斗は慌てて携帯をひったくるように受け取った。
「俺、帰りま…」
拓也は行きかけた悠斗の腕を掴んで抱き寄せた。
駅前通りはもう夜も遅いのに、たくさんの人通りだ。
「たくやさ…人がたくさん」
「いいよそんなの」
拓也は悠斗を抱きしめて背中をポンポンと撫でた。
「寂しいなら頼れよ」
拓也が悠斗の心の中を見透かしたように言う。
「そんな…恋愛とかじゃないのに、拓也さんのこと寂しくて頼って利用するなんて、そんなの俺の身勝手だから。そんなことしたくないです」
「…ふうん。じゃあ、俺がそれでいいって言ったらいいんだな?」
「へ?」
拓也は悠斗を撫でながら言った。
「寂しい時は、人を頼ったっていいんだよ。人間そんなに頑丈に出来てないぜ。
恋愛じゃなくてもいいよ。俺もお前もお互い、それは分かってるんだから。」
悠斗は拓也の胸に耳を押し当てうなづいた。
「じゃあ俺んち、行こうな」
拓也に手を引かれて、2人で駅前通りを拓也のマンションに歩いた。
悠斗は体も手もがっしりしてる方なのに、何故か拓也に手を握られてると自分が小さくなったような気持ちになった。
拓也があまりにも兄のように面倒見がいいからだろうか。
手の暖かさが心地よかった。
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