銀の子羊と、優しい獣⑩ ☆BL ※トラウマ表現あり

ゆうと。ゆうと。

悠斗にはあの日の義父の声が生々しく聞こえていた。

「義父は帰ってくるなり、ケーキ食べようって言って俺を呼んだ。二人で食べたんだ。そしたら俺はだんだん体の力が抜けて動けなくなった。様子が変だな、って思った時には遅かった」

拓也は震える悠斗の手を掴んで拳を広げさせて握った。

拳を握りしめた悠斗の爪が手のひらに血が出るほど食い込んでいたからだ。

「義父は俺を見た時からこうしてやろうと思ってたって言ってた。最低の変態野郎だった。
母親に話したらまた痛い目に合わせるって言われて、俺は怖くて黙るしかなかった。けど、言わなくたって、あいつは俺を何度も痛い目に合わせたよ。それに母親も気づいてようだった。でも、俺を助けてはくれなかった。」

悠斗の手は震えながらまだすごい力が入っていた。

「最終的には…母親と義父は2人して俺を…、こんなの、人間のすることじゃないって思った。死んだ方がいいって思った。だけど、違うって思ったんだ。
死ぬのは俺じゃないって。死ぬのは、死ぬべきなのはあいつらだって」

部屋の中には悠斗のバクバク唸る鼓動が響いているようだった。

拓也は悠斗の話を黙って最後まで聞いていた。

「俺は果物ナイフで、帰ってきた義父を刺した。義父が驚いて倒れたから、俺は馬乗りになって何度か刺した。
そこに、飲んでもっと遅く帰ってくるはずの母親が帰ってきた。
義父を殺して隠してから母を殺そうと思ってたのに。あいつは叫んで警察を呼んだ。それで俺は御用ってわけ。
父も母も殺し損なった。色々あってそのあと最後に施設にまた戻ったんだ。」

悠斗は一呼吸した。

「気持ち悪いでしょ。俺は人を殺そうとした」

拓也は悠斗と額を合わせた。

「気持ち悪くない」

「ウソだ。俺はあいつらを殺し損ねたことを今も後悔してる。もしも出来るなら今殺してやりたいって」

「悠斗」

震える悠斗の頬を両手で掴んで拓也は自分と目を合わさせた。

「ほんとだよ。お前を気持ち悪いなんて思ってない。殺しは許されないことだけど、お前にそんなことしたんだから殺されかけても同情の余地もねぇな。お前、自分を責めてるんだよな」

拓也がまっすぐに悠斗の目を見つめた。悠斗の瞳は涙でユラユラと揺れている。

「…お前よく頑張ってきたな。一人で。今もよく頑張って話ししてくれたな。がんばったな。」

クシャッと頭を撫でられながら抱きしめられた。拓也にがんばったな、と言われて、初めて褒められて、悠斗の張り詰めた気持ちがいっきにほぐれるようだった。

「お前は耐えがたいことを耐えて、俺らに笑顔見せてくれてたんだろ?
それってすげえんだよ。自分じゃ分かんないだろ。
誰でもできることじゃないんだよ。どこかで自分を終わりにする人間だって沢山いる。そんなたくさんの選択肢の中でお前は今ここにいることを選んだ。それはすごいことなんだ。ホントだぜ」

「う、う…」

悠斗は拓也の胸で生まれて初めて、心から泣いた。声も出ないくらい泣いた。

「よしよし。お前はきっとそれを背負って生きていくんだろうけどな、お前を悪いなんていう奴はいねえよ。いるとしたら自分自身だろ。
自分との闘いだよな。
けど忘れるなよ、お前はそれでいいんだ。良いとか悪いじゃない。お前はそれでいい。わすれるなよ」

お前はそれでいい。
悠斗は拓也の言葉を受け取りながら
何度もうなづいた。



悠斗がひとしきり泣いて落ち着いた深夜。

「人間て、ものすごく寂しい時ってあるよな。それは人の温もり、体でしか埋められない時もあると思うんだよな。多分。そうするしかない時って。」

悠斗は、うん、と言って拓也の話を聞いていた。

「俺はそれをダメだとは思わねぇんだよ。それはそれだ。お互い…嫌な言い方だけど、割り切っていればそれはありなんじゃないかって。それで生きていく力になるならな」

悠斗はうなづいた。

「まぁ、あくまで俺の考えだ。
お前がまた俺を必要とするなら求めればいいよ。体でも気持ちでも。話聞いてほしいでもいい。
俺もお前を求めるかもしれないし、でも嫌なら嫌でいい。お前を好きなようにもてあそぶつもりはないから」

「うん…俺、今度から寂しかったらちゃんと言いますね。」

「うん。そうしろよ。今日帰り際にお前見てたらさ、本当は引き止めたかった。なんかお前一瞬寂しそうな顔したからさ。」

拓也は天井を見ながら言った。

「そんで帰ろうとしてたらマスターのやつ、タイミングよく携帯忘れたとか言ってきやがって、お前追っかけたらこのザマだ」

2人は笑った。

「お前が自分のこと話ししてくれて俺は嬉しかったよ。お前の虚しさってやつ、今だけでも少しはマシになってたらいいな。
まあ、お前が心地いいなら、俺はそれでいいよ。俺はいつだって話聞くから。」

「ありがとうございます…拓也さんといるとき、俺は寂しいって思わないです。なんか安心」

拓也が悠斗のことを全部自分のものにしようとしていないことが、悠斗にはとても心地よかった。
今はこのくらいの距離でいてくれることがありがたかった。





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