Heart of Gold ②

響の父は響が物心つく前に事故で亡くなっていた。
詳しいことは知らされていない。
母もそれについてはあまり話したがらなかった。

家にはささやかな仏壇があって、いつも綺麗な花と、父の写真が飾ってあった。

父は長髪に精悍な顔立ちで、目つきは鋭いが口元に微笑みを浮かべていた。

響の記憶の中の叔父とはまるで違うタイプのように見えるけど、顔は少し似ている。

そんな響の家には、母や亡くなった父の好みで、古いフォークソングや洋楽ロックの名盤などを中心に
たくさんのCDがあった。

響は小学校5年生の時に初めてまともにビートルズを聴いて痺れて以来、家にあるCDを片っ端から聴いて回っていた。

そのうちギターを欲しがるようになり、中学一年生の時に母親にアコースティックギターを買ってもらった。

響が音楽ばかり聴いていること、ギターを始めたことを、母親は面白がっているようだった。

「血は争えないね。何にも教えてないのに響は勝手に音楽やり出して。お父さんや、叔父さんにそっくり」

そう言って朗らかに笑った。

「父さんと叔父さんに似てんの?」

「うん。お父さんも叔父さんも、ギターを弾いてたよ。2人でバンド組んでたこともあるし」

「え、どんな?」

「コピーバンドで、ブルーハーツとかやってたよ。あとはオリジナル曲も作ってた」

母は戸棚の中からアルバムを1つ出してきて、その中の写真をいくつか響に見せた。

「ほら、これがお父さんの正臣。こっちが叔父さんの廣治(ひろじ)。
若いでしょ?…って言っても響がヒロに会ったのは随分前だから、イメージはあんまり変わってないか」

母親が見せてきたのは父と叔父がギターを持ってライブをしている写真だ。

「それはね、10代向けのコンテストに出た時の写真。プロのカメラマンが撮ったから、すごく良く写ってるでしょ。結構いいとこまで行ったんだよ。だけど優勝はできなかった。」

プロのカメラマンだけあって、画面はとてもソリッドで、バンドの熱量を伝えるのに充分だった。

カッコいい。響は背筋がぞわぞわし、鳥肌がたった。

父と叔父と、ベース、ドラム、そしてキーボード。

仏壇の写真でしか見たことのない父が、生き生きと動いている様を想像できた。

父親はギラギラとした目で客席を睨み、ギターをかき鳴らしながら汗を飛び散らせている。

叔父は、深い落ち着きのある、何処か空虚な目をした横顔が写っていた。

「オリジナルの曲を作ったけど、2人の曲は方向が全然違っててね。正臣はギターの技巧や音作りにこだわってインストに近い様な音楽を作るし、ヒロはね」

母は、とん、とアルバムに入った叔父の横顔の写真に触れた。

「多分詩人なのね。詩を大事に書いて、そこに繊細だけど激しい音を乗せてた。希望があるけどどこか寂しいような曲を作ってた」

父と叔父の違い。技巧派と詩人。

「ヒロはどうしてるかな。」

母は叔父の写真に指を乗せたままポツリと言った。
なんとなく、響の知らない横顔をして。

「東京で、作曲してるんでしょ?母さんに何にも連絡ないの?」

「時々手紙が来るけど、あまり詳しいことは書いてないの。居場所も教えないし。ヒロは私たちを守ってくれてるんだよ。金銭面で、支えてくれてるの。響が赤ちゃんの頃からずっと。なのに…ヒロの中で、自分と関わることは私たちの迷惑になると思ってるのね」

響は母の言葉に驚いた。叔父が金銭面で支えてくれていたなんて知らなかったのだ。

「どうして、叔父さんは迷惑だなんて思うの?」

母はしばらく黙っていた。言葉が見つからない様だった。

「僕、いつか叔父さんに会いに行ってくるよ」

母は顔を上げて微笑んだ。

「うん。そうしたらいいと思う。きっとヒロ喜ぶよ。いろんな知りたいこと、直接聞いてみたらいいと思う。」

きっとそれは実現するんだ。なんの確証もないけれど、響は思った。

響は叔父が好きなのだ。優しく繊細なのに、強く惹かれるような、そんな力を持っていたから。

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