響は高校生になってからもギターに熱中し、自分で歌も歌うようになった。
音楽をやっている以上、上手くなくても人に聴いてもらいたい気持ちはある。
そこで響は練習を重ね、夏のある日、町のアーケード商店街で、初めてギターを弾きながら歌ってみた。
ものすごく緊張したけど、初ステージだ。
やるしかないと思って夢中でやった。
大好きなRCサクセションや、エレカシのコピーをした。演奏や歌は上手いとは言えないかもしれない。
多くの人はなにも興味を示さず通り過ぎた。
時々立ち止まって聴いてくれる人もいた。それでも、少し聴くと立ち去って行った。
響は遠くにいる叔父のことを思った。
あなたも、今どこかで音楽をしているのですか。
父とあなたも、僕と同じくらいの歳でギターを弾いて、ライブをして…どんなことを考えていたんだろう?
響は日が暮れて薄闇に飲まれて来た商店街で、
ギターに手を当てたまま黙って屋根の隅に切り取られた空を見上げた。
帰ろうとしてギターをケースに入れていると、誰かが前に立って見下ろしてきた。
「おいお前」
不躾に声をかけてきたのは古着のようなメタルTシャツに、ボロいジーンズを履いた、長髪の冷たい印象の男だった。
「…なんですか」
万一の時にギターだけは守ろうと響は無意識にギターケースを自分の後ろにずらして、警戒気味に答えた。
「いくつだ」
「…16ですけど」
男はへぇ、と言って微笑んで響を見つめた。
「お前さっきまでキヨシローやってだだろ。あとエレカシか。今時こんなど田舎の商店街で。それで、どんな奴がやってんのかと思って来てみたんだよ」
「…そうなんですか」
「俺キヨシロー好きなんだ。お前みたいな若い奴が、弾いてるのが嬉しくてさ。お前まだ荒いけど、結構よかったよ」
褒められてるんだかなんだか。響はぽかんと男を見上げた。
それから男はしゃがんで響の顔を見た。
「俺、東京でドラムやってんだ。そこの角にタバコ屋あんだろ。あそこが俺の婆さんちでさ。顔見にきてたんだよ。そしたら今時ロックな奴がいるなあと思って」
男は僕に名刺を渡してきた。
名刺には、
『Gigahelz
Drams composer
橋沼拓也』
とある。
「東京で音楽やりたくなったら来いよ。お前名前は?」
「あ……っと、武内響っす」
予想外のことで驚いてしまって、響は声が上ずった。
恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じた。響はこんな時に癖で、無意識に下を向いて鼻をつまんでしまう。
「響か。覚えとくよ」
拓也はじゃあな、と言って立ち上がるとたばこ屋の方へ歩いて行った。
去り際に響はハッとして
「橋沼さん!」
と叫んだ。
拓也は声に振り返った。
「あの…あの、東京にいる、武内廣治っていう作曲家、知ってますか?」
「おお、知ってるよ」
その言葉で響は弾かれたように拓也に駆け寄った。
「その人は、今どこにいるんですか?!どこでどんな仕事してるんですか?!」
気づくと詰め寄るように腕を掴んでまくし立てていた。
「おお、なんだお前、落ち着けよ」
「僕にはすごく大事なことなんです、教えてください!」
必死さが伝わったのか、拓也はわかったよ、と言って話始めた。
「武内さんはいい作曲家だよ。ゲーム音楽とか、レコード会社から依頼されればバンドのプロデューサーもやるし。依頼主の魅力を最大限引き出せる腕を持ってる。そういう裏方な人だな。
どこに住んでるのかはしらねぇな。居場所とか仕事場は完全にシークレット。あまり外に姿を見せねぇし、謎の多い人だな。俺も会ったのは一度だけだ」
「おじさ…武内さんに会ったんすか?どんな人でした?」
「ん…物静かな優男って感じだな。でも目つきは鋭かった。雰囲気に不釣り合いな感じがして意外だったよ。
けどなんか惹かれるものがあった。カリスマ性っていうか…何にも言わねぇのに人を惹きつける人っているんだよな。」
響は拓也の話を真剣に聴きながら、胸が高鳴っているのを感じた。謎の多い叔父。
「俺が知ってるのはそれくらいだ。またなんか分かったら教えるから、気が向いたら連絡してきな」
そう言うと拓也はタバコ屋の角まで歩いて行った。
そしてはたと立ち止まり、一度振り返った。
「そういやお前、武内さんによく似てるな。顔つき。」
響がびっくりして口ごもっていると、拓也は「まあいいや」と笑ってタバコ屋の角を曲がって消えて行った。
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