「おはよーおつかれ。あ、その子が例の?」
響がスタジオに来て4時間くらいたったころ、入り口の自動ドアが開いて全身黒の格好をした銀髪の男が入ってきた。
年はレナと同じくらいだろうか。
「悠斗(ゆうと)、この子が響だよ。だいたいの場所とか機材については教えたから、続きはまた明日教える」
レナが無愛想に答えると、悠斗はタバコに火をつけた。
「わかった。響くん、よろしく。俺は城戸悠斗(きどゆうと)。バンドでベースボーカルやってるよ。響くんはギターだよね?拓也さんが言ってたけど」
「はい、アコギの弾き語りと、エレキを少しやってます。バンドとかは組んだことないんですけど。」
悠斗は「そっか」と言ってにっこり笑った。
かなりの美形でハーフっぽい顔立ち。鼻ピアスや耳にもシルバーのピアスがいくつも光っている。
この人はレナとは違って人懐っこいようだと響は思った。
「それじゃあ今度セッションしようよ、夏休みの間にさ。いいよねレナ、拓也さんと俺とレナと響くんと、みんなでセッション」
悠斗が嬉しそうに言いながら煙を吐き出し、灰皿に灰を落とす。
レナはちょっとめんどくさそうな顔をして、まあ、みんなが揃えばね、とぶっきらぼうに言った。
「レナさんはなんの楽器やってるんですか?」
「ギターだよ。」
「同じですね!ギター何使ってるんですか?」
「レスポール。そこに置いてあるけど、また明日見せるよ。今日はもう拓也さんち行こ。」
「ははは、レナは愛想ないでしょ。でもギター弾いたらすごいから。響くん楽しみにしてなよ」
悠斗が響たちのやりとりを見て面白そうに言うと、レナは無愛想にフンとそっぽを向いて
「響、行こ。じゃああとよろしくね」
と、悠斗を後にしてスタスタと店を出て行った。
響はその後を小走りに追う。
ちらりとスタジオを振り返ると、悠斗がタバコをもみ消しながら笑顔で手を振っていた。
セッションか。
できるだろうか。やってみたい。ここのみんなで出来たらとても楽しいだろうと響は思った。
レナはスタスタと首都高の高架下をまっすぐに歩いて行く。
そのうちに古いアパートが何件が見えてきた。
その中にさほど新しくないマンションがあって、そこに入った。
レナはエレベーターで3階に上がると、チャイムも鳴らさずに合鍵で玄関のドアを開け、中に入って行った。
響は勝手に入るのが悪い気がして、開け放たれた玄関の前でもじもじ立っていた。
「拓也さん、起きて。響連れてきた」
部屋の奥からはそんな声が聞こえてきた。
そしてそのあとに拓也の伸びをする音。
「響か。入れよ。遠慮しなくていいぞ。」
寝起きの声でそう言われた響はハイ、と答えて、雑然とした廊下を歩き、部屋に入った。
リビングの他に部屋が2つ。
古い建物だけど、割と広かった。
難点は、そこらじゅうに本やCDが乱雑に置かれ、ちょっと移動にテクニックが必要だということ。
「おまえ、隣の部屋使って。レナが泊まりに来たときは、響は俺の部屋のソファな。ソファベッドだからちゃんと寝れるぞ。
風呂とかキッチンは好きに使っていい。」
レナが持ち込んだのか、隣の部屋のテーブルの上にはギターのコードの本や、いくつかの小説が置いてあった。
拓也の部屋を覗くと、拓也が横になっているベッドに、レナがちょこんと腰掛けている。まるで彼女みたいだ。
「拓也さん、疲れてたんだね。酔っ払って帰って来た次の日みたい」
あのレナが笑顔で話しかけている。
「まあな。田舎の婆さんがちょっと具合悪かったから、あんまり寝られなかったんだ。」
拓也はガバッと起き上がり、うーんと言いながら髪をぐしゃぐしゃとして、背伸びをした。
「俺この後仕事だから、響は適当にやって。あ、飯さっきチャーハン作ったから食べな」
言いながら拓也は着ていたTシャツを脱いでポイとベッドの上に投げ捨て、ベッドから降りてシャワーを浴びに行った。
「いっつも投げっぱなし。これ放っておいたらまた着たりするんだよ。ホント信じらんない。」
と言いながらレナさんはTシャツを拾い上げで洗濯機に放り込んだ。
「私帰るね。拓也さんのチャーハン美味しいよ。ちょっと味濃いけど。また明日。」
レナは相変わらず愛想なく言うとそのまま響の顔も見ず帰ってしまった。
怪しすぎる…あの2人。
響はまたいかがわしい想像をしそうになって、いやいや、と我に返って荷物を部屋に置いた。
この部屋はタクヤの部屋と違ってこざっぱりと片付いている。レナが読んでいるであろう文庫本を読もうかなと思ったところでお腹が鳴った。
響はキッチンへ行って冷蔵庫の中にあったチャーハンを出してレンジで温め、食べた。
レナが言った通り、とても美味しい。パラパラしていて中華調味料が効いている。ちょっと味が濃けど。
ご飯を食べながら改めてタクヤの部屋を覗いてみた。
ベッドの横に大きなCDラックがあって、そこに本やらCDが雑然と置いてあり、
窓の横のデスクにはパソコンやキーボードやミキサーのようなものが秘密基地のように配置されていた。
ここで曲を作るんだな、と響は思った。
ものがたくさんあるけれど汚い感じはなく、雑然としながらも定期的に掃除はしている様だ。
ハンガーラックにはメタルTシャツが何枚もあり、ビニールがかかったワイシャツも何枚かあった。
「響、チャーハン食べたか?」
ガチャっとバスルームを開けて、バスタオルを腰に巻いた拓也が出てきた。
「食べました。料理上手いんですね。美味しかったです」
ガシャガシャとタオルで髪を拭きながら拓也は冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを出した。
「だろ?俺料理好きだから。」
拓也はグビグビとペットボトルの水を飲んだ。
「自活できるっていいぜ、響も料理出来るようにしとけよ。」
「そうっすね。ところで橋沼さんこれから仕事ってどんな仕事なんですか。」
「ああ、知り合いのインディーズレーベルのライブ行って顔売ってくるんだ。音楽と夜と酒は切っても切れねぇから。夜の活動多くなるんだよな」
拓也はドライヤーでパパッと髪を乾かすと、黒いスキニーパンツに、ビニールをかけてあった白シャツを着て、ジャケットを羽織った。
「なんかかなり印象違いますね。シュッとしてますよ。」
「いつもはスタジオだからラフな格好だけど、本来の俺のファッションはこっちなの。ジャケット着て決める感じ」
拓也は黒いハットを被った。黒い長髪とそこから覗く鋭い目。
(エレカシの宮本浩次みたいだ。かっこいい。)
響は憧れの眼差しで見た。
「んじゃ行ってくる。あ、お前鍵かけておけよ。危ねえから。これスペアキー」
ひょいと投げて渡されたのは、最近流行りのゆるキャラ『プリンちゃん』のキーホルダーが付いた鍵だ。
「どっか勝手に行ってもいいけど、池袋って結構危ないんだ。あんまり夜中に出歩くなよ。コンビニは左行った角にあるから。」
ドクターマーチンのブーツを履きながら拓也は言う。
「帰りは朝になるから。いい子にしてろよ。じゃあな」
拓也は玄関を出て行った。
バリバリと音楽業界で働いている拓也はかっこいいな、と響は思った。
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