Heart of Gold ⑨

響とレナは仕事が終わると、池袋から新宿へ出て小田急線に乗り、下北沢に向かった。

名前は知っていたけど、響は初めて来る街だ。

パッと見劇場とライブハウス、飲み屋がひしめき、アンダーグラウンドな感じとどこか庶民的な感じが入り混じった不思議な街だ。

レナは古着屋が並ぶ道を響を連れて歩いた。

「不思議な街でしょ?東京は狭いけどね、それぞれの街で全然雰囲気が違うよ。響も好きな街が見つかるかもね」

「好きな街、ですか。レナさんは?どっか好きな街ありますか?」

レナは眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。

怒ってるんじゃなくて、これは考えているのだ。

「江古田かな」

「江古田?」

「池袋から西武線で3駅のところ。通ってた学校があったし、よく江古田でライブしたんだ。馴染みの店もたくさんあって。小さな街だけど学生街で、活気があったよ」

「そうなんですか」

「響が大人になったら飲みに連れてってもいいよ。飲めない人間には大して面白くない街だからね」

そういうとレナは微笑んだ。

いつもの怒った顔が、笑うとえくぼのある笑顔になる。
響はそれがすごく可愛いと思った。

「ほら、着いたよここ。」

白いレンガの外壁のマンションの地下、螺旋階段を降りたところに小さなCDショップが見えた。

「インディーズCDの品揃えいいから、あるんじゃない?行こ」

レナは響の先を歩いて階段を降りていった。

降りたそこはCDショップと、となりにライブハウスがあった。

レナがショップの扉を開ける。

「アツシさん、こんばんわ」

ショップのレジカウンターには久保田利伸みたいなサムライヘアにした、ちょっとイカツイ30すぎくらいの男がいて、レナの姿を見ると、おう、と手を挙げた。

「レナか、久しぶりだな。今日は彼氏付きか?」

アツシは響をみてニヤリと笑った。

「違う、スタジオのバイト仲間。それに4つも下だよ。私年上が好きなの」

レナは唇を尖らせた。

「ははは、そうだったな。今日はなんか探しにきたのか?」

「うん。あとこの子にインディーズショップ見せときたくて」

アツシというのは昨夜、拓也が言ってた知り合いだろう。この人に話を聞いたに違いない、と響は思った。

レナがアツシと話し始めたので、響ははぐるりと店内を見渡した。
沢山のインディーズCD。
メジャーでやってる人以外に、こんなにも沢山のアーティストがいるなんて。

それぞれのCDを見ていたら、俺たちの音楽を聴いてくれよ、っていう楽しさと熱量が伝わってくるようだった。

「昨日うちの店主催のライブがあってな。拓也に会ったよ。あいつ熱心に武内廣治のこと聞いて回ってたぜ。なんかそれ関連の音源探してるのか?」

響はアツシの言葉に驚いた。
拓也は、響のために情報を集めてくれていたのだ。

「そうみたい。響がその人のプロデュースしたバンドに興味あるって。」

「そうか。お前よく武内さんのこと知ってたなぁ。あの人関わった音源にほとんどクレジット載せないんだ。」

そう言いながらアツシはカウンターから出て、売り場の一角にあるCDを手に取った。

真っ黒に、左上だけ三角にミントグリーンの色が入ったシンプルなジャケット。

右下に白抜きで『アオハル』と書いてあり、その下にアルバムタイトル『remember me』とあった。

「これが武内さんがプロデュースしたバンドだよ。実はここにもクレジット載ってないんだ。前からいるバンドなんだが、武内さんが気に入ったらしくてな。直々にオファーがあったそうだ。曲はほとんどあの人が作ってる。」

響は渡されたCDを見つめた。これが叔父さんが作った音楽。

「視聴してけよ。この店にある他のCDも、興味あったら視聴していいから言いな。」

アツシは視聴用のプレイヤーにアオハルのCDを入れた。

「ほら、ヘッドフォンつけな。」

響はハッとしてヘッドフォンを耳に当てた。

音をこんなに感覚を研ぎ澄ませて聴いたのは初めてかもしれない。

響はそれこそ、全身の細胞で音楽を聴いた。

音からするに、スリーピースバンドのようだ。スラップベースのバキバキで低いリズムに続いてギターリフが入る。ハイトーンなボーカルが不思議な音階で寂しげな詩を歌う。
だけど曲を通して音は激しく疾走感が溢れ、寂しさはどこかへ吹き飛んで行くようだ。

これが叔父さんの音楽。

響は全身鳥肌が立っていた。
どの曲を聴いても、どこかへ飛ばさせるような、意識が体を離れて空気に溶けてしまうような、そんな感覚がした。

「どうだった?よかった?」

響がヘッドフォンを外すと、レナが話しかけてきた。

「響?飛んでっちゃった?」

レナの言葉に響は我に返った。

「いいだろ。あの人の音楽。アオハルの連中、武内さんの曲を演奏してるとすぐ頭がぶっ飛ぶって言ってたよ。あの人はそういう音楽を作るのが上手いんだよな」

「ぶっ飛ぶ…」

「要するにフロー状態。忘我みたいな感じかな。極限に集中しながら、エクスタシーみたいな…すごいパフォーマンスができるんだよ
レナはカウンターの椅子にかけて、淡々と説明した。

「最高です。このCDください。アツシさんは武内廣治さんがどこにいるのか、知りませんか?」

「ああ…俺はライブで一度会っただけなんだ。どこで仕事してるのか、場所はしらねぇな。アオハルはレコーディングしてるからなんか知ってるかもな。」

響はCDをもらいながら話を聞いていた。

「アオハルの人たちは、近々ライブしますか?見に行きたいし、できれば喋ってみたいんです」

「ああ、やるぜ。何組かのバンドと対バン。今週の土曜の夜だ。場所はここ」

と、アツシはライブのチラシをくれた。

「いいの?アツシさん。響はまだ16だよ。」

「いいだろ。あいつらの出番は早いし。でも補導されるから10時前には帰れよ?」

そんなやりとりがあった。今週の土曜日まで日はある。響はアオハルの曲を何度も聞こうと思った。

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