Heart of GOLD 15

夕方、拓也が帰ってきたので、響と拓也はサンシャイン通りを少し入ったところにあるラーメン屋に入った。

今日も拓也は黒のスキニーパンツに白シャツ、マーチンのブーツで決めている。

響ははき古したジーパンと、バンズの黒いチェッカー柄のシューズ、拓也がくれたガンズアンドローゼスの黒いTシャツを着ていた。

「おい響、ラーメンは飲み物だぞ。たとえ熱かろうがそれでも飲むんだ。そんで俺みたいに白シャツ着てたら、絶対跳ねないようなテクを身につけろよ」

拓也は時々訳の分からない講釈を垂れる。

「飲み物、っすか。あ、跳ねてますけど」 

「うお、まじ…」

響は拓也の時々見せる子供のような天然な一面が好きだった。

そして二人はラーメン屋を出ると、アオハルのライブがある下北沢に向かった。

ライブハウスは、前にレナが連れて来てくれたCDショップとは反対方向にあった。

ライブハウスに来るのなんて初めてだ。 

スタジオみたいな重厚な扉を開けると、そこは暗く、右側にはカウンターバー。壁際にはいくつか椅子があり、丸いテーブルには灰皿が置いてあって、タバコを吸ってる人がいる。

そして正面に小さいステージがある。

「響コーラでいいか?」

「あ、はい」

拓也がカウンターの中のスタッフと何か話しながら飲み物を頼んだ。どうやら知り合いのようだ。

「ほら、あそこ空いてるから座ろうぜ。」

僕らは空いている席に座った。

「今日はインディーズレーベル『キャットタワーレコーズ』のライブだ。アオハルは出番3番目。
出る前は集中力途切れると悪いから、終わったら楽屋に行こう。店のやつには話通したから。」

「本当に、色々ありがとうございます」

拓也は微笑むとコロナビールをグビッと飲んだ。

「お前はまだ16か。色んな音に触れて、色んなもん見て、やりたいことやれよ。たとえミュージシャンにならなくたって、こういうことは全部無駄じゃねぇんだ。
経験はいつかお前を必ず救ってくれる。」

響は拓也の言葉を分かったような、でもピンとこないような気持ちで受け止めた。

経験、という言葉が、それが救ってくれる未来が、想像できない遠くのものに感じた。

きっと、自分がまだ16だからだろう。

響はまだ自分というものをよく分かっていないのだ。

自分という容れ物の大きさも、客観的な姿も、世界との境界線さえも。

きっといつか、拓也の言葉が本当に分かる時が来るのだろう、と思った。

そして、SEが変わると、中央のステージに最初のバンドが登場してチューニングやセッティングを始めた。

最初のバンドも、次のバンドも、聞いていて音のバランスも良いし、それぞれにかっこよさがあったけど、正直響の好きな感じではなかった。

拓也は二杯目にジンライムを飲みながら腕組みして聞いていた。

2番目のバンドが終わり、次はアオハルだ。

響はドキドキしながら登場を待った。

やがて袖から3人が現れた。

前髪が目を隠すくらいの長さで、メッシュの入ったマッシュルームカットの人が、舞台向かって右寄りののマイクスタンドの前でギターをチューニングをしている。

中性的な感じで、年は20代前半くらいに見える。

黒いダボっとしたパンツに星模様のTシャツを着て、手首には黒い革のリストバンド。

この人がクレジットに乗っていたギターボーカルのSHINOBUさんだ、と響は思った。

ベースのWATARAIは、銀色の短髪のモヒカン、黒いTシャツにサルエルっぽいシルエットの迷彩のパンツを履いている。体ががっしりとゴツくて格闘技でもしているかのようだ。顔も強面。迫力がある。

そしてドラムのJIN。
黒髪の無造作なヘアスタイル、白地に黒のドクロが描かれたTシャツを着て、膝が破れたジーパンを履いてる。

ひょろりと痩せて背はWATARAIさんほど高くない。細いつり目は神経質そうに見える。

妥協を許さないような、なんだかそんな印象を受けた。

3人のセッティングが終わると軽く音合わせをして、SHINOBUがマイクに向かって喋った。

「こんばんは。アオハルです。ニューアルバム出しました。今日はその中からやります。」

言い終わると、スタッフのミキサーの人に軽く手を挙げた。

そして3人は目を合わせた。

ドラムスティックのカッカッカッカッという音の後に歪んだギターとベースの音、鋭いドラムの音。

CDでは聞いていたけど、本物を目の前にすると全然違う。

SHINOBUのハイトーンボイスが歪んだ音に絡みつく。

ボーカルのない曲の合間には3人はお互いに時々目を合わせて恍惚としたような表情になりながら、それぞれの音を絡めている。

SHINOBUの時々覗く目はカラコンだろうか、グレーにギラギラとして、その整った中性的な顔立ちを一層際立たせている。

響は立ち上がって人に揉まれながら音に合わせて自然に身体が動いていた。

気持ちは高揚していた。この音に身を任せていると、まるで拓也とセッションした時のような、恍惚とした気持ちを感じた。

超最高。

最高にステキな時間はあっという間に過ぎた。

最後の曲が終わるとSHINOBUは、

「ありがとう。CD買ってね」

と言って手を挙げて、口の端だけ上げて微笑んだ。

SHINOBUは美形なのでかなりファンがいるようで、会場には黄色い声が飛び交っている。

メンバーは歓声の中楽器の接続を外して無愛想にステージから去って行った。

響は拓也のテーブルに戻り、興奮気味に言った。

「最高でした!」

拓也はウンウン、と微笑んだ。

「アオハルよかったなぁ。さて、楽屋にお邪魔するか」

拓也さんは飲み干したグラスをテーブルに置いたまま、僕をバックヤードへ連れて言った。

ステージ横の扉を開け、いろんなフライヤーが何層にも壁に貼ってある廊下を抜け、古い楽屋についた。

ドアにはガラス窓が付いていて中が見える。

バンドは一緒くたにその中に収まっているようで、一風変わった人だらけの寄り合いのようだ。

響が緊張していると、拓也は躊躇なく楽屋を開けた。

「おつかれさん。アオハルのメンバーいるか?聞いてると思うけど、客を連れてきた。」

みんな一斉に拓也を見た。中には拓也のことを知っている人もいるようだ。
アオハルのSHINOBUが表に出てきた。

「話って?」

SINOBUは、さっきのステージ上よりはすこし優しげに話した。

「さっきの演奏、本当かっこよかったです!あの、それで聞きたいことというのは、武内廣治さんのことなんです」

「ヒロさんの?」

響は間近でSHINOBUを見て気づいた。

この人、中性的でよくわからなかったけど、女の人だ。

「会いたいんですけど、どちらにいるのか、教えてもらえませんか?アオハルの皆さんなら知ってると思って。」

SHINOBUは響を上から下までザッと見て、口を開いた。

「僕らは知らないんだ。オファーがあったのはレーベルを通してだし、指定されたレコーディングスタジオに入って初めて会ったんだ。
何日かそこでレコーディングして親しくはなったけど、ヒロさんは自分の連絡先を絶対教えないからそれ以上は」

分からないという風にSHINOBUは首を振った。

響はメンバーなら知っていると思ったので、愕然とした気持ちでSHINOBUを見つめた。

「じゃあレーベルに掛け合って連絡手段を探すしかねぇな。多分レーベル側も居場所は知らないだろうけど、携帯番号とかメアドくらいなら知ってるだろ。まあ、個人情報だからちょっと難しいと思うけどな」

拓也も残念そうに首の後ろをかいている。

「力になれなくてごめんね。あ…そうだ、江古田とか練馬あたりで何回かヒロさん見かけたって奴がいたよ。もしかしたらあのへんにいるのかも。」

江古田!

それは悠斗さんも言っていた場所だ。

「ありがとうございます!」

響は頭を下げた。声が思い切り裏返っていた。

頭を下げながらものすごく恥ずかしくなっていつもの癖で鼻を摘んだ。

「あ、それ」

SHINOBUがひょいと響の顔を覗き込んだ。

「おんなじだ…きみ、なんかヒロさんに似てるね。」

響はアハハ、と適当に笑って誤魔化した。

「じゃあ。またライブ見に来てね。」

SHINOBUの去り際に拓也は名刺を渡して、なんかあったら教えてくれ。あとよかったらうちのスタジオもよろしく、としっかりPRもしていた。

SHINOBUはわかりました、と言って楽屋に入っていった。

ライブハウスを出ると、辺りはすっかり夜で、街の中は行き交う人たちで賑やかだ。

「残念だったな。『キャットタワー』の運営に聞いてみるよ。ていうか俺もあんまり繋がりねぇんだよな…誰か近い奴探してみるか」

拓也は真剣に考えていた。

響はそれがすごく嬉しかったんだけど、同時に無力さを感じてとても悔しかった。

自分1人ではこの街の中の、どこに叔父がいるのか辿り着けない。何一つ、掴めない。

「拓也さん、僕ちょっと寄って行きたいところがあるんです。お先に失礼します!」

「え、どこに?ちょっと待て…!」

響は拓也が止めるのも聞かず走って駅に向かい、改札を通ってまず池袋に向かった。

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