約束の場所〜ユウリの思い出〜

それは、偶然だった。

22歳だったルイはたまたまその日学生時代の恩師と、

たまたま目に入った駅前のリストランテに入った。

たまたまそこが、生演奏の音楽が聴ける店だった。

店の真ん中にはグランドピアノと、ロングヘアの女性バイオリニストが1人。

客のリクエストに応えて曲を演奏しているのだった。

「先生、こういう店もいいですね。奏者も腕を試されそうだ」

ルイはスパークリングワインを恩師と傾ける。

「そうだな。臨機応変さと、客を満足させる表現力も必要になる。…最も、客はみんな酔っ払いばかりだがな」

恩師は笑った。

「そういえば君もこういうところでバイトをしていなかったか?」

「いえ、僕はもっと暗くて小さなバーで、リクエストもそれほどない、それこそ本当に酔った客しかいないところでしたので…正直そこまで真面目に聞いているお客さんなんていませんでしたよ」

ルイは笑った。

「今日はバイオリンだけかな。せっかくだからリクエストしようか。」

恩師は紙とペンをウェイターに頼み、曲名を書いた。

「ツィゴイネルワイゼンですか。僕も生演奏で聴きたいですね。名曲はいつでも聴きたいものです」

ウェイターに渡されたメモはバイオリニストに手渡された。

そしてバイオリンのチューニングを始めると、今までいなかったピアニストが店の奥から現れた。

黒髪のショートボブ、冷たそうな目。

店に合わせて綺麗めの格好をしているが、その雰囲気からルイは彼女がおそらくロック寄りのピアニストではないかと思った。なんとなく。

彼女はバイオリニストと一言二言交わすと、うなづいてピアノに座った。

2人が目を合わせてブレスを一つ。

ピアノのソロから曲が始まった。

ツィゴイネルワイゼン。
サラサーテ作曲の名曲。知らない人はいないだろう。

バイオリンの演奏は見事なものだった。実に表現力豊かなバイオリン。

その後ろで静かに伴奏の手を入れるピアノ。

この曲において、ピアノはあくまでバイオリンを支える位置であるが、

彼女はその役目を100%全うしつつ、それ以上のものを体から発しているかのように泪には感じられた。

「先生、あのピアノの子…なかなかの腕をしていますね」

恩師と前菜を食べながら泪は言った。
恩師もうなづく。

「存在感があるね。きっと本来はソロのピアニストタイプだろう。ロックでいうところの、ボーカルタイプかな?」

泪がアートスクール卒業後にロック、ポップスで活動しているのを知っている恩師はそう言った。

「ええ、そういうタイプかな。バイオリンの子もとてもいいですね。この店はいい音楽家を雇っているようです。僕もリクエストしてみようかな」

メインが来るまでの間、泪は何にしようかと思案していた。

なんとなく、ポップスをリクエストしてみたくなった。

酔ってるからだろうと自分でも笑った。

泪はメモに「知っていたらで構わないけど」

と書いた上で

「トムウェイツ Ol' 55」

と書いた。

「もしくは、君の好きな曲を」

とその下に書き、ウェイターに渡した。

なんとなくあの子なら、知っているような気がしたのだった。
バイオリニストはどうするのか。

泪はちょっと意地悪なリクエストにどう応えてくれるのか内心ワクワクしていた。

「まったく泪くん。トムウェイツをやってくれるとは僕は思えないね…あの子が弾いてくれるなら是非聞いてみたいものだが。流石に…」

恩師が言った時、リクエストのメモを見たピアニストが眉を寄せ、ため息をつくのが見えた。

それからメモを出してきた人をウェイターに聞いたのか、泪と恩師の方を向いた。

このリクエストは僕がしたよ、という顔をして泪は頬杖をついていた。

するとピアニストはものすごく不快そうな顔をして泪を睨みつけ、何かを呟いた。この距離だと聞き取れない。

「泪くん、彼女怒ってるようだよ…無茶なリクエストなんてするから」

恩師がため息をつく。

すると彼女は泪たちに背を向けて、バイオリニストに何か喋った。

うなづいたバイオリニストは、店の奥に引っ込んでしまった。

何が起こるのだろうと、泪はワクワクしている。

ピアニストはマイクをセットすると、椅子にかけた。

前奏

「え…トムウェイツ?!」

まさか、やってくれるとは。しかも、ピアノだけかと思いきや、歌も歌う気だ。

Aメロが始まる。

なんともハスキーで優しげで、低音の心地いい声。酔いどれ詩人トムウェイツが姿を変えてそこにいた。

まるで何回も歌ったことがあるかのように、彼女は彼女の解釈で「Ol'55」
を歌った。

全て歌い終わると、店の中は静まり返っていた。

そしてどこからともなく拍手が起こった。

ルイと恩師も同様だった。

彼女の演奏は、素晴らしかったのだ。

彼女は立ち上がると冷たい目のまま頭を下げ、再びバイオリニストが戻ると何事もなかったかのようにリクエストに戻った。

ルイはあっけに取られてしまった。

きっとすごいと思っていたけど、

こんなに素敵にトムウェイツを演奏するなんて。
歌まで歌うなんて。

彼女はルイの想像を遥かに超えていた。

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