ピアニストのトムウェイツ弾き語りから泪も恩師も興奮冷めやらず。
メインとパスタに舌鼓を打ちながら音楽の話に花を咲かせた。
泪は、なんとか彼女と話をしたいと思っていた。
アートスクールでたくさんの才能豊かな人たちを見てきたが、ここまで「刺さる」と感じたことはない。
彼女のピアノは異彩を放っていたのだった。その声も。
デザートを食べ終えた後、恩師が言った。
「泪くん、僕はここで失礼するよ。今日は久しぶりに君の顔が見れてよかった。これからもがんばって。ライブには呼んでくれよ」
「あ、先生」
ウェイターが持ってきた会計を手に立ち上がる恩師を、泪が止めた。
「ここは久しぶりにお会いした僕が…」
「いいんだよ。呼び出したのは僕だ。君のCM音楽の仕事が終わったらその時は奢ってくれよ。それに…」
恩師は店の真ん中に目をやる。
「君はもう少しここで彼女を出待ちするだろ?興味あるのが顔に出てる。そういうところは昔から変わらないな」
と、恩師は笑って行ってしまった。
「せ、先生…!」
泪は図星で顔を赤くしながら、恩師の背中に礼を言った。
さてーー。
恩師は帰ってしまった。泪は恩師の言う通り、彼女の終わる時間まで待ってみようと思った。
ちょうど時計が22時を指そうとしていた。彼女は店の奥に姿を消した。
すかさずウェイターを呼ぶ。
「あのピアノの子はもう終わりですか?」
「ええ、彼女は22時までなんです。まだ18歳なんで。今日はこれからバイオリニストだけのリクエストをお受けします」
泪はウェイターの言葉に目を丸くした。
まだ18歳?!
とてもそうは思えない、成熟したものが彼女から感じられた泪は、急いで席を立つと店を出た。
従業員入り口の真前に立ったら流石に怪しいし警戒されそうで、泪は入り口が見える駐車場に立って彼女を待った。
驚かれるかもしれないけど、是非連絡先を交換したい。
彼女から音楽の話や、彼女自身の話を聞いてみたい。
泪は思い立ったらストレートなのだった。
待つこと20分ほど。
海辺のこの街では海風が強まっていた。
まだ秋口とはいえ、流石に体が冷え込む。
その時、従業員入り口のドアが開いて、彼女が出てきた。
黒い麻のパンツに黒い七分袖のシャツ。シンプルな腕時計に、反対の腕にはミサンガ。
強い風に髪は揺られている。
泪は、彼女がバイクの前でヘルメットを出したところで声をかけた。
「あの、突然ごめんなさい。さっき店で君にリクエストをしたものなんだけど」
彼女はびっくりして顔を上げた。
「ハハ…驚かせちゃったよね、ごめん。君の演奏が素晴らしかったから、どうしても君と話がしてみたくて」
泪が言うと彼女は店の中で見せたのと同じ、不快極まりないと言う顔で泪を睨みつけた。
「…あんた、キリスト教徒?」
「え?いや、僕は特に特定の宗教を信仰してはいないけど…」
そういうと余計に彼女はイライラしたように睨みつけてくる。
「アタシは宗教が嫌いなんだ。あの歌はキリストの生涯を描いた歌。だから嫌い。
あんな歌リクエストしてきたから宗教の奴かと思って。アンタ見ながらクソ野郎って店で言っただろ。なのにまだ何か用?」
だいぶ口も悪いしかなり乱暴に言い放つ彼女に泪は面食らったけど、彼女が泪の想像を超えてくる度に余計に色々と聞きたい気持ちになった。
泪ほど打たれ強い人間もそうそういない。
「待って、ごめん、あのリクエストは君を不快にさせる気持ちはなかったんだ。宗教的な意味もない。
ただ君の弾くトムウェイツが聴きたかっただけだ。
それに…あの歌が嫌いならなぜあんなに素晴らしい演奏ができるの?まるで何回も歌ったことがあるみたいだったよ」
彼女は下唇を噛んだまま泪から視線を逸らした。
「あの歌は特別なんだ…ずっと大好きだったから…と、トムウェイツだって大好きなんだ…」
彼女はボソボソと小さな声で言った。
その姿は、店で見たのとは違って、確かにまだ18歳の少女らしさを感じた。
何かがあって、彼女は宗教が嫌いになってしまい、それに関するものを毛嫌いしているようだ。
「そっか。やっぱり!曲を愛してなかったらあんな演奏出来ない。君は素晴らしかった。だから僕は君と話してみたかったんだ」
泪はサングラスを外して彼女の目をみた。
彼女はそのブルーグリーンの不思議な目を見たらぼんやりと吸い込まれてしまう。
「純粋に君の演奏に惹かれたんだ。僕と友達になってくれないかな。
僕も音楽家なんだ。名前は泪(なみだ)と書いて、ルイ」
ぼんやりと目を見つめていた彼女はハッと我にかえる。
「と、友達?何で見ず知らずのアンタなんかと…」
という彼女に泪はピッと名刺を差し出した。
反射的に受け取った彼女は目を丸くする。
「スターダストレコーズ、代表?!」
「嘘じゃないよ。君なら僕の会社知ってるでしょ?まあ僕は名前ばかりの代表だけど…これで何処の馬の骨か分からないってことはなくなったよね」
彼女はふくれっつらをして泪を睨む。
「アンタ…訳わかんない目を使ったり、肩書き使ったり、ずるいやつ」
そう言ってリュックの中身をガサガサと探し、一枚の名刺を泪に差し出した。
「ピアノ・ボーカル・コンポーザー
優里(ゆうり)。君はユウリって言うんだね。」
泪がにっこりと微笑み右手を差し出した。ユウリはふくれながら、その手をおずおずと取った。
「別にアンタが社長だからじゃなくて、トムウェイツを褒めてくれたからだから。じゃあ、帰る」
そういうと、ユウリは革ジャンを着てヘルメットをかぶってバイクにまたがった。
「ありがとう。またね。気をつけて」
泪が手を振ると、ユウリはヘルメットの下で頬を赤らめた。
そして無言で走り去って行った。
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