あれから泪はユウリと連絡を取り合うようになった。
彼女は最初こそメールの返事も一言だけだったり、何日も返事をくれないことも多かったけど、段々と泪に慣れたようで、前よりも自然に接してくれるようになった。
ユウリはものすごくシャイで、仲良くなるのに時間がかかるタイプだ。
泪は話をしていてすぐ分かったので、彼女のペースで、無理に近づくことはしなかった。
結果としてそれがユウリの信用を得ることにつながったわけだ。
泪は時々あの店に行ってわざとトムウェイツをリクエストした。
その度にユウリに睨みつけられることになるのだが、
彼女の極上のトムウェイツが聞けるのならお安いものだった。
ユウリも本当はトムウェイツが好きなのだから、歌えることは嬉しいようだった。
『泪さんいい加減にしてよ。最近他のお客さんからもたまにリクエストされるようになったんだよ…アタシは静かにバイオリンの伴奏してたいのに』
ある日店から帰るとユウリから電話があった。
「ハハ、ごめんね。でも言ったでしょ、僕は君のトムウェイツが好きなんだって。いくらでも聞いていたいんだよ。」
電話の向こうで、顔を赤くしてユウリがため息を吐いた。
『変な人』
泪はカウチソファに腰掛けて話をしていた。窓からは夜景と海が見える。
「そうだね。君の素晴らしさを愛してやまない、変な人かな」
泪は恥ずかしげもなくそういうことを言う。天然の、プレイボーイである。
スピーカーホンにしてテーブルに置いた携帯からは、向こうにいるユウリの息遣いが聞こえてくるようだ。
『…泪さん、今度の日曜日、カフェに行かない?駅前の一つ裏通りに、穴場の店があるの』
泪は彼女から誘ってきたので驚いた。
連絡は取るようになったけど、まだ2人きりで会ったことはなかったのだ。
「もちろんいいよ。日曜日に、駅だね」
『うん。きっと泪さんも好きだと思うよ。じゃあね』
電話は切れた。
いつも余裕の泪だが、その時心に湧き出した気持ちに思わず口元が緩んだ。
「フフッ、初デートだな」
モテる泪は今までもたくさん女の子と付き合ってきたし、デートしようと思えばいくらでも女の子はいた。
でもユウリは別だった。
演奏の素晴らしさだけじゃなく、不器用なところも繊細なところも、恥ずかしがりなところも泪は可愛いと思っていた。
まだまだ知らないところもたくさんあったけれど、
他のどんな女の子より、ユウリのことが魅力的だと思っていた。
心惹かれていたのであった。
日曜日。駅前に少し早く着いた泪は、まるで生まれて初めてデートをする少年みたいにドキドキしていた。
こんな感覚はいつぶりだろう。
まさか年下の女の子にこんなにドキドキさせられてしまうとは。
この新鮮さに泪は笑った。
しばらく待つと、後ろから声がした。
「ルイさん。おまたせ」
振り向くと、そこにはいつもと違うユウリがいた。
仕事の日はラフでボーイッシュな格好だけど、今日はロングスカートにブーツ、ダッフルコート、ベレー帽を被っている。
泪は思わずじっと見つめてニコッと笑った。
「ユウリちゃん、ものすごく可愛い。とても似合ってるね」
ユウリはストレートに褒められて恥ずかしいのか、目線を逸らして顔を赤くしながら
「…ありがと」
と言った。
「カフェはこっちだよ。目立たない穴場だけど、すごく雰囲気がいいの。アタシはよく1人で読書しに行ったりしてる。隠れ家みたいなところ」
泪を先導してユウリは歩いた。
「そうなんだ。楽しみだな…でもそんな隠れ家みたいなところ、僕が教えてもらっていいの?」
「…」
「ユウリちゃん?」
ユウリはどうしゃべったらいいのか困ったように、下唇を噛む。
「…誰かに知られるのは嫌だけど、ルイさんならいい」
絞り出すようにそんなことを言う。
泪は愛おしくて、前を歩くユウリの手を思わず取った。
ユウリは驚いて一層顔を赤くして下を向いた。
「ふふ。嬉しいなぁ。ありがとう」
微笑む泪の顔を見て、ユウリも照れながら笑った。
手を繋いで駅前通りを一つ入った道を歩く。すると表札のかかった小さな和風の門が路地の横に立っていた。
「ここだよ。」
ユウリはその門を押し開ける。
すると細い石畳の道が奥に続いている。2人はその道を進んでいく。
突き当たりを左に曲がると、そこには広い日本庭園が広がっていて、古民家が一軒立っていた。
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