「わあ…すごい。こんなところがあったなんて」
泪は目を丸くして見渡している。
ユウリは笑ってルイの手を引いて家の中に入った。
「お姉さん、こんにちわ。この前言ってた人を連れてきたの」
玄関を入るとそこは小さな受付のようになっていて、泪と同じくらい歳の女の人がエプロンをして立っていた。
声をかけたユウリに嬉しそうな顔で微笑む。
「優里ちゃん、いらっしゃい。まあこんな素敵な人がいたなんて。さあさあどうぞ」
ユウリはお姉さんに微笑みながら泪の手を引いて家の中へ入る。
泪はこんなにのびのびした顔のユウリを初めて見た。このお姉さんに心を開いているのだろう。
お姉さんが通してくれたのは、床の間を改装して作られた部屋。
窓の方を向いて置かれているのが座り心地の良さそうなソファとローテーブル。
その後ろにアンティークのテーブルと椅子が置いてある。
窓からは日本庭園と、海が見える。
「へへ、この部屋がよかったんだ。お姉さんありがとう」
テーブル席のふかふかの椅子に腰掛けるとユウリはテーブルの上に手を伸ばした。
「優里ちゃんはこの部屋が好きだもんね。今お水持ってくるわね」
お姉さんが一度下がると、ユウリは部屋の中や外の景色を眺めている泪に声をかけた。
「ここ、素敵でしょ?アタシ、ここで本を読んだり日記を書くのが好きなんだ。
あのお姉さんがおじいさんから受け継いだ古民家を改装して、カフェにしてるの。
目立たない場所にあるから、いつも人は少なくて、すごく静かなんだよ」
泪は外の景色を見ながら、ふぅん、と答えた。
「すごく居心地がいいね。庭も綺麗だし、海の音も聞こえる。
駅の近くにこんな場所があったなんて驚いたよ」
泪も椅子に腰掛けて微笑んだ。
ユウリは嬉しそうにしている。こんなユウリを見たのは初めてで、泪もすごく嬉しかった。いつも睨みつけられたりしているのが嘘の様だ。
お姉さんがお冷を持ってきた。
「家を気に入ってもらえたかしら?」
「ええ、素晴らしい家ですね。こんなところでユウリちゃんと過ごせて幸せです」
泪はいつもの調子でストレートに言う。
「まあ。ふふ、優里ちゃん優しそうな人見つけたわねぇ」
そう言われてユウリは真っ赤な顔をしている。
「つ、付き合ってるわけじゃないよ!この人はルイさんって言って、音楽家なの。」
紹介されて泪はサングラスを外してお姉さんに挨拶をする。
「申し遅れました。泪といいます。よろしくお願いします」
ニッコリと笑う泪のブルーグリーンの不思議な瞳に、お姉さんはポーッと吸い込まれている。
「ちょっと!ルイさん!」
と言いながらとっさにユウリが後ろから泪の両目を手で隠した。
「うわわ、なになに?」
「もう!そのよく分からない目でむやみに女の人見ないでよ!」
騒ぎにハッと我に返ったお姉さんが笑う。
「アハハ、大丈夫よ優里ちゃん、たまにいるのよね、こういう目の人。ルイさん気をつけて、優里ちゃんは嫉妬深いかもよ?」
目のことはよくわからない無自覚な泪はポカンとしていた。
「さあ、今日は何にします?」
「アタシいつもの。あ、ルイさんは何飲む?」
「えーと、どうしようかな」
すかさずお姉さんがメニューを渡した。
「うちは自家製ほうじ茶を使ったメニューがオススメなんですよ。親戚のお茶畑から仕入れて自家焙煎してるの」
「へえ、美味しそうだな。じゃあ、ほうじ茶ラテをお願いします」
注文を聞くとお姉さんは下がっていった。
「ねぇ、僕の目って、なにかあるの?」
「知らないでやってんの?…ルイさんて悪い男」
「え?僕なんかしたかな?」
もう、と言ってユウリは泪のサングラスを取って、バッグから鏡を出して見せた。
「綺麗でしょ。」
「え、うん?そうかな?僕はよくこの目でいじめられたから、そんなふうに思ったことなかったな」
「いじめられたの?」
ユウリが眉間に皺を寄せた。
「うん。子供の頃から目が弱かったから、いつもサングラスしててね。
それでよくからかわれたよ。目の色もみんなと違うから、変なやつってよく言われた。
幸い、僕には良き理解者になってくれた先生がいたから、落ち込むことはなかったけどね」
ユウリは困った顔をしている。
「そっか、ごめん。ルイさんの目はおかしな目じゃなくて、綺麗な目だよ。見てると吸い込まれそうになる。」
「アハハ、ありがとう。気にしてないからそんな顔しないで。つまり、この目で見たら人は僕に見とれるってことかな?そんな特殊効果知らなかった。見て、今もそう思う?」
泪はじっとユウリを見つめた。
だからそういうことを平気でやるのがずるいのである。
ユウリは見とれるどころか吸い込まれそうで、心臓がドキドキと高鳴って慌てて目をそらした。
「もうっ。あ、お姉さんきたよ」
2人は運ばれてきた飲み物を一緒に飲んだ。
「ユウリちゃんは何飲んでるの?」
「キャラメルソイラテ。アタシはいつもこれなの。それかここのほうじ茶。そのほうじ茶ラテ美味しいでしょ」
「うん、すごく美味しい。ほうじ茶の味が濃くて香ばしいね」
2人はしばらく他愛もない話をしながらティータイムを一緒にくつろいだ。
泪は、以前からの電話やメールのやり取りで、ユウリは父親と二人暮らしであること、
母親は早くに亡くしたこと、
ピアノは子供の頃からずっと続けていて、音楽学校に行きたいけど学費が無いのでアルバイトで貯めていることなどを知っていた。
一方の泪は裕福な家で育ち、実業家の父の後押しでアートスクールにも通い、音楽活動をしている。自分でも恵まれた環境だと思っていた。
若いうちから苦労して夢を追いかけるユウリに、泪は敬意を抱いていた。出来ることで応援したかった。
そして、もう一つ知りたいことがあった。
「ユウリちゃんは、どうして宗教が嫌いなの?」
その質問に、ユウリは両手でマグカップを包みながら一瞬固まった。
「ごめん。話したくなければいいよ」
「ううん、話す。だってアタシ、そのせいで最初ルイさんにクソ野郎なんて言っちゃったんだもん。ちゃんと説明しなきゃ」
ユウリはソイラテを一口飲んだ。
心なしか不安そうだ。
「アタシのお母さん、病気だったの。お母さんは信心深い人で、病気になっても毎日お祈りやお供えを欠かさない人だった。
だから、アタシはきっと神様はお母さんを救ってくれると思ってた。
神様は清く正しいものの味方だから、きっとお祈りの声を聞いてくれるって」
泪は黙って話を聞いていた。
「でもお母さんの病気は治らなかった。それだけじゃない。お母さんは最後まで痛みに耐えつづけたの。何も悪いことしてないのに、祈りは届かなかった。
アタシその時ね、神様はいないんだって思ったの。こんなに健気に祈ったお母さんを助けてくれなかったから」
そこまで話すとユウリは黙った。
「…それで、宗教が嫌いになってしまったんだね」
コクリとうなづくユウリの目から、涙がこぼれ落ちた。
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