夜、お気に入りの屋台市場を練り歩きながら活気に溶け込む。
望めばどこにでも行けるし、肉体の姿にならなくてもいい。
でもアオはこの活気が好きだった。
肉体の身でたくさんの人たちの会話を聞くともなく市場をうろつくのが好きなのだった。
アオが純粋な「破壊」となって、我を忘れて破壊していたのはもう気の遠くなるほど昔の話。
アオに時間の概念は無いのであくまで人間の感覚になるけれど、
前の破壊が終わった後、計り知れない長い長い間、アオはこうして空間を彷徨ったり、人間が登場してからはこうして、人間の作った社会を覗いて気ままに過ごしている。
今は世界の力の均衡が保たれているのだ。こんなこと、世界始まって以来初めてのことだった。
願わくば、こんな日々が続けばいいものだ…なんて考えながら屋台のフォーをすすっていると、向こうの通りに見覚えのある人影。
アオはあえて目で追わずフォーをおしまいまで食べた。スープも飲んだ。パクチーが美味い。
再び顔上げるとその人影は今度はさっきより近くにいて、屋台のフランクフルトを食べている。
アオはため息をついて髪をかき上げた。
そして席を立ち人影に背を向けて歩き出すと、背後から呼び止められた。
「無視しなくてもいいだろ、せっかく会いに来たんだから」
真っ赤な髪の糸目の少年のような存在はニッコリと笑う。
「私は君に会いたくなんか無いね」
「なぜ」
「なぜって、今均衡がとれてるんだ。無駄に世界を刺激したくない。」
アオが感情無く言い放つ。
少年はおもしろそうに首を傾げる。
「別に俺らが会ったからって均衡が崩れたりしないよ。「あれ」は俺らの意思とは関係なく起こる。そうだろ?
ただ純粋に、俺はお前とお茶でもしにきた。それだけだよ。この広い宇宙で、俺のことを誰よりも知ってるのはお前しかいないからな」
「…あのね、ハル。私たちは別に仲良しのトモダチじゃないんだよ」
相変わらず冷たく言い放つアオ。ハルは余裕の表情でニッコリと微笑むと、アオの手を握って走り出した。
「わっ、なんだよやめろよ、離せってば!」
勢いのままに引っ張られてアオも走る。
「アオは俺のこと嫌い?」
振り返ったハルは実に無邪気に嬉しそうな顔をしている。
「嫌いじゃないよ。でも好きでもない。たとえ世界を刺激しなくたって、出来るだけ君とは距離を置いていたいんだ」
肉体があろうと人ではない2人は息も切らさず、ハルに引っ張られるまま海の見える高台に登って行った。
「うん、分かる、それは俺も一緒。だから今だけでいいよ。ここでお茶したらすぐ帰るから。」
高台のベンチに着くとハルは手のひらを上にかざし、プラスチックカップに入った冷たいオレンジジュースを「創造した」。
「アオは何がいい?」
あまりに強引なのでアオは諦めて、じゃあアイスコーヒー、と言った。
ハルは手の中から同じようにアイスコーヒーのプラカップを創造する。
「はい。さあ座ろう。海が実に綺麗だね。でも人間がいなかった時の方がずっと綺麗だった。」
ハルはストローでオレンジジュースを飲みながら、夜の海を見ている。
「うん。人間は生きてるだけで破壊していく。創造より破壊が得意なのさ。そのせいかなんとなく気になってね。人間の世界に気まぐれに遊びにきてる」
アオはアイスコーヒーを飲みながら当たり障りなく言った。
「ふうん。人間が気になるの、ちょっと分かるな。信じられないくらい短い寿命の中で楽しんだり苦しんだり、忙しい。享楽的な生き方に関しては天才的だね。おまけにものすごく不器用だ。俺もなんとなく気まぐれに助けたりしてしまうよ。」
ザザァー…と波の音。
「えっ、助けることあるの?ハルが?」
ハルはいつも底なしに無邪気で人懐っこく見えるけど、本当は誰にも何にも興味がないということをアオはよく分かっている。
そのハルが人間を助けるなんて信じられない。
「そりゃあるよ。君と同じ。気まぐれにね。手を貸すくらいだけど。人間て物凄く弱いけど、魅力的な生き物だよね。全然予想できない。そこが面白い」
動きが予想できなくて面白いからか…
結局個々に興味があるわけではないところがハルらしい。
アオはアオで、話しながらナギのことを思い出していた。バカがつくくらい一途で、愛する人のためなら自分が犠牲になることも厭わない。アオが気まぐれに作った人間の友達。
ふふ。
なぜか自然と笑みが溢れていた。
「このまま世界が平和に続けばいいよね。我を忘れて破壊し尽くすのも、正直しんどいし。」
「そうだねえ。無限に創造し続けるのも結構飽きるし。でもね、それは無理だよな。」
2人は飲み物を飲みながら、それぞれうんうんとうなづいた。
「私たちが存在してるってことは、いつか必ずまた「その日」が来るってこと。今はそれしか分からないんだから、この世界を作った「創造と破壊」が聞いて呆れるけどね。私たち結構神様なのにねぇ」
「しょうがない、俺たちさえ創られたものなんだからな。いつか起こる「その日」までに、俺はお前とゆっくり話したかったんだ。忙しくなったら、また話せなくなるから」
ハルは飲み終わったプラスチックカップをアオに渡しながら言った。
受け取ったアオは手の中で小さな光を発してそれを「破壊」した。
「ふうん。そういうこと。まあ…」
アオは自分の飲み終わったプラスチックカップを海に向かって投げた。
弧を描いて月明かりを反射したそれは、砂浜に着地する前に跡形もなく「破壊」された。
「そういう気持ちも、分からなくないかな」
アオはうはは、とハルに笑いかけた。ハルは嬉しそうに微笑むとそんなアオをギュッと抱き寄せる。
「ありがとう、アオ。もう会わないかもしれないけど、会えてよかった。お前のこと忘れないよ」
「ああ、私も。君がいること、忘れないよ」
ハルは嬉しそうに笑ってアオにキスをした。アオがびっくりして目を丸くしていると、ハルは愉快そうに光の粒になって消えていった。
「まったく…あれがもう1人の自分かと思うと眩暈がするな」
アオはため息をついてもう一度ベンチに腰掛ける。
波音が心地いい。
「私が破壊したものと、ハルが創造したもの、そして残ったもの…」
この世界にはそれが満ちている。
次の「その日」まで、アオは世界を楽しむのだろう。
どこかにいるもう1人の自分と共に。
おしまい
空想都市一番街
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