「え?オカベさん?」
僕は驚きながら、明るいオカベさんの声につられてちょっと笑って名前を呼んだ。笑ってる場合じゃない、こんなこと信じられないのだけど。
目の前に同僚だったオカベさんがいて、生前と同じように笑っている。
「びっくりしたっしょ?アタシもびっくりだよ。また会えるなんてね〜。相変わらず無理してない?すばるちゃんは頑張っちゃうから」
「あ、うん、頑張っちゃってるかも…アハハ…」
オカベさんは、やっぱりなぁ〜!という顔をして、コラコラっ!とおどけて叱る仕草をした。
よくそういう仕草で僕を嗜めてくれたものだ。ニコニコしながらするその仕草はとてもとてもチャーミングなのだった。
「すばるちゃん、生きてる時のアタシにどれだけ本音言ったことある?いつもいい子に接してくれたけど、本当は色々思ってたことあるんじゃない?もし今言えるなら、言ってみてよ」
いきなりそんなこと言われても、と僕は困った。本音って何?僕そんなに我慢してたことなんてないと思うのだけど。
悪いことだけが本音ってわけじゃない、とその時頭に浮かんだ。
「そうそう、そうやって発掘するみたいにゆっくり、心を探してようやく本当の気持ちが分かるんだよね、すばるちゃんは。埋もれてるだけなんだよ。ゆっくり探してみて。」
オカベさんが見透かしたように言った。たしかに、ものすごく時間をかけて、ゆっくりじっくり自分に聞くと、本当にしたいことがわかることが今までも何度かあった。
それは大抵、本当にたくさん時間を要した。一日がかりなんてざらだった。
幼い日に、「和を持って尊しとなす」が僕に与えられた教えであり、課せられた役目だった。
「調整する者」としていつも自分の気持ちは飲み込んで、周りの人の気分を察して、顔色を伺って気を遣って生きてきた。
自分のことはいつでも後回し。本心を飲み込むうちに、いつしか自分のことは大切ではないことになった。自分が何を思っているのかも分からない。思っていることがあるのかも分からなくなっていった。
そうやって飲み込まれた僕の本心は、化石のようになって心の深くに埋まっている。いいことも悪いことも。
掘り返してあげよう。きっとそれが僕の自我に繋がっているはず。
「オカベさん、少し時間をくれますか?ちょっと考えてみます。」
「いいよぉ。時間はたくさんあるから、焦らないで。アタシはまだここにいるから」
僕はオカベさんに微笑んでうなづき、静かに心の奥に潜り込んだ。
電車は長いこと走り、空はいつの間にか夕焼け色に染まっていた。
空想都市一番街
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