今日は海岸で花火大会。
すばるは今年は浴衣を着て、タクヤと見にいく約束をしていた。
この日のために新調した紺色にピンクの朝顔の浴衣。紫の帯を締めていくつもりだ。
帯の結び方も親友のシュリの母愛美に教わって何度も練習したし、夜になるのが楽しみで仕方なかった。
今日はタクヤは仕事で遅くなるから、海までバスで行って現地で待ち合わせすることになっている。
すばるは早めに着付けを始めて、メイクも汗で浮かない様にしっかりキープミストを振り掛け、ヘアをアップスタイルにして家を出た。
早めに出たはずだけどバスはすでに混んでいて、鮨詰め状態。
着慣れない浴衣の帯がきつくて、その上人に揉まれ、すばるは目が回りそうだった。
ずいぶん我慢してようやく停留所に着くと、もう海岸は人がいっぱい。
少し早く着いてしまったので、すばるは
待ち合わせ時間までコンクリートのところに腰掛けて海を眺める。
夕焼けが濃くなって、濃紺、紫が空に広がっていく。海は空を映して静かに波音を響かせる。
「タクヤさん、まだかな」
この綺麗な景色を一緒に見たくて、すばるは呟く。
その時、若い男2人がすばるに声を掛けてきた。見るからにチャラいパリピ風である。
「きみ、1人?かわいいね。俺たちと遊ばない?」
パリピの1人がすばるの横に座って不躾に肩を抱いてくる。
「ちょっと、やめて下さい。私は待ち合わせしていますから。」
「へぇ〜でもまだ来ないんでしょ?じゃあそれまで少し遊んでよ。車もすぐそこにあるし」
男の言葉にすばるは鳥肌が立つ。車?
とても危険を感じて、咄嗟に男の手を振り解きその場を逃げようとする。
「おっと!逃げようなんて無駄だよ?大丈夫だって、怖いことはしないからさぁ。うお、やっぱり胸でけえなお姉ちゃん。」
逃げようとするすばるを2人の男たちが囲む。
どうしよう、どうしよう、大きな声出さなきゃ…
その時、いってええ!!と男の叫び声。
タクヤがパリピ①の腕を捻り上げている。
「タクヤさんっ…!」
「ごめんすばる、怖い思いさせて!もう大丈夫だよ」
「ざけんなてめえっ!」
パリピ②が殴りかかってくるが、タクヤはそれをさらりとかわす
バランス崩したパリピ②はパリピ①とぶつかり、2人とも絡まり合って転倒する。
「くっそ、このやろ……ヒッ!!」
パリピたちがタクヤを睨みながら見上げると、そこには殺気全開の空手黒帯タクヤの恐ろしい目があった。
「それ以上何かするつもりなら手加減は一切しない」
パリピたち咄嗟に立ち上がると「覚えてろ!」などと口々に言い去って行った。
「タクヤさん、こ、怖かったよぉ…ありがとう」
泣きだすすばるをタクヤは抱きしめて撫でる。
「ごめん、海岸で待ち合わせなんて俺が浅はかだった。こんなにかわいいすばるに言い寄ってくるやつがいないわけないよな。本当にごめんな」
広いタクヤの胸に抱かれていると安心感が湧き出てくる。
「さあ、行こう。いい場所とってあるんだ。ゆっくり花火を見よう」
うん、とすばるは笑顔でうなづいてタクヤと手を繋いで歩く。
タクヤが事前に取っておいてくれたブースは椅子があって人との距離もちゃんととってあって快適。
途中の出店で買ったチョコバナナとジュースを手にすばるとタクヤは花火が上がるのを待った。
子供の頃も、こうして花火に連れてきてくれたことがあった。
あの時も、大きな手を握って、かき氷を買ってもらったりしたっけな、とすばるは懐かしく思い出す。
「もう少しで始まるかな…あ」
すっかり日が暮れた海辺で、タクヤはすばるの肩を抱いた。もう誰にも手を出させない、というように。
それにドキッとしたとき、ちょうど1発目の花火が上がった。
ヒュ〜
ドン!!!
「わあ…綺麗」
タクヤの胸に頭を預け、すばるは涙が出そうになる。
そんなすばるの頭に頬を擦り寄せていた拓也がふと顔を上げる。
「すばる」
「え…」
2発目の花火が上がると同時に、タクヤはすばるにキスをした。
「…!」
花火の逆光の中、すばるはタクヤの唇を感じながら目を閉じる。
大好きなタクヤが、今こうして恋人としてすばるのそばにいてくれる。
それがとても嬉しかった。
ずっとそばにいて欲しかった。
このまま、時間が止まったらいいのに…
「…ふふ。愛してるよ」
タクヤが言う。その目が、優しい顔が、大好きでたまらない。
「…私も。ふふ」
2人は腰や肩に腕を絡めながら花火を眺めた。
永遠の瞬間というというものがあるのなら、きっとこれもその一つだろう。
2人は夏の幸せを思い切り味わったのだった。
空想都市一番街
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