「東雲のオートバックス行きたい。」
なんの前触れも無しに僕がそういうとルイはいいよ!と快く返事をくれた。
「いいの?ルイ仕事は?僕、夜でもいいよ?ルイが都合が良くなるまで待ってるから」
なぜか嫌われちゃうような気がして僕は急いで付け加えた。
ルイは笑った。
「君が今行きたいって言って、僕が今いいよ!って答えたから、行くのは今だよ。仕事は後でもなんとでもなるから。さあ車に乗って。久しぶりのドライブ、楽しみだね」
僕はポカンとしたままルイのヤリスの助手席に乗り込んだ。
「すぐに謝らないこと。他の人には無理でも、僕には謝らないで。君は何にも悪いことしてないし、僕は謝られるような酷いことをされてない。シートベルトはした?さて出発だ」
ルイの大きな手が僕の頭をくしゃりと撫でると、ヤリスのエンジンが唸る。
大きな音は嫌いだ。でも、車のエンジンの音は嫌いじゃない。
エンジンが元気を出して、楽しい、って言ってる気がする。
首都高に乗る。ルイが運転するヤリスは快適だ。
僕は少しだけ窓を開けた。心地よく風が入り込んでくる。
「東雲のオートバックスで、何飲むの?」
東雲のオートバックスにはスタバが入っている。僕は別に東雲にもオートバックスにも特に思い入れはない。ただルイとドライブして、スタバでアイスコーヒーが飲みたいのだ。そのために東雲は、ちょうどいい距離だった。
そしてルイもそのことはちゃんと気づいてる。
「今日はスタバラテ。」
僕は余計なことも言わず、余計な微笑みもせず、ただ必要なことだけ答えた。
試すように、少し怯えながらルイの表情を覗くと、へえ、と答えたまま別に不快でもなくなんでもない表情で運転している。
かっこいいとか、今日はありがとうとか、いつも感謝してるとか、言おうと思えばいくらでも言葉を繋がことができた。でも、言わなかった。
「言わないでいいから」
ルイが見透かしたように言ったので、ビクッと肩を震わせてしまった。
「ふふ、ごめん。驚かせた。言わなくていいよ。ちゃんと分かってるよね、すばるくん。」
ルイがわかってくれていて嬉しかった。僕は黙ってうなづいて、外を眺める。夏の太陽はヤリスの中にも心地よく差し込んでくる。カムロニンバス、大きな入道雲が青い空にもくもくと成長していた。
東雲のオートバックスに着いて僕は早速アイスコーヒーを飲む。ルイはTシャツを一枚買うと言ってしばらくショッピングをしてから、アイスのほうじ茶ラテを片手に席にやって来た。
「ガルフのジップアップパーカーを買ったんだ。欲しかったのが入荷してたから嬉しいよ」
サングラス越しのルイの目がニコニコしている。
「ここは品揃えがいいからいいね。すばるくんも欲しいのがあったら買ってあげるよ」
僕は首を振る。
「ルイとアイスコーヒー一緒に飲めれば僕はそれでいいの」
2人で並んでしばらく、ただ空気を味わい飲み物を味わった。僕はとてもホッとした。何も言わなくても隣にルイがいてくれるのが嬉しかった。
「そうそう、カムロニンバス」
「え?」
急に言葉にしたルイに目線を向ける。
「積乱雲さ。すごい成長してた。夕方あたり夕立が来そうだな。最近は「夕立」なんて生優しいものじゃなくて、「ゲリラ豪雨」、になっちゃったけどね」
僕はコップに残ったアイスコーヒーをストローでクルクル回した。
「なんでカムロニンバスだけ英語で言うのさ」
「そりゃ、カッコいいからさ。ことに積乱雲だけは英語でいいたいね」
意味がわからない。僕はフハ!と笑った。
「絶対この先どんな時も、積乱雲だけはカムロニンバスって言ってよ?講演してる時も会議の時も、ライブの時も」
アハハ、とルイも笑った。
「もちろん。明日zoomで会議だから、すばるくんも見ててよ。」
どうせ真顔でわざと何回も言うに決まってる。画面の向こうで僕が腹を抱えて笑ってるの想像しながら。
「アホなこと言ってないで、飲んだら帰ろ?ヤリスがゲリラ豪雨でずぶ濡れになっちゃう」
「ん?大丈夫。昨日高い撥水コートしたばっかりだし。今日はゆっくり下道で帰ろう。夕飯は僕の家で食べて行ったらいいよ」
ルイは愉快そうに言った。
「君の好きなシーフードグラタン作るからさ」
僕は多分瞳孔が一瞬で開いて目がキラキラしたことだろう。
「行く!食べる!」
「決まりだね」
ルイの大きな手が僕の髪を撫でた。
結局ゆっくり帰路に着いたら見事にゲリラ豪雨に当たって、スーパーの駐車場でしばらく雨宿りをしてからルイの家に帰った。
お高い撥水加工のおかげでヤリスは何事もなかったかのようにツルツルだ。
助手席から降りてドアを閉めると、「おつかれさん」とヤリスに言われたような気がした。
(お前もな。ありがとね)
なんとなくヤリスに心の中で礼を言う。
「すばるくん、エレベーター来たよ」
ルイが白い歯を見せてにっこり笑いながら僕に言う。
僕はうなづいて小走りにルイを追った。今夜もご飯をご馳走になりながら、僕は頑張って笑ったり喋ろうとしないでありのままでいるんだろう。
僕にとってルイはそんな僕を許してくれる人。
ごめんなさい、をそっと心の奥にしまって、僕はルイの持つ食材の袋を一つ持った。
おしまい
空想都市一番街
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