若頭が死んだ。
極秘の内部告発で、不正に組の金を動かしていたこと、様々な裏切り行為を働いていたことが組長の耳に入り、命を狙われることを苦にして自殺をした、とコウタは支配人に聞かされた。
あの野郎、死んで清々したわ!と支配人は言う。
もうあんたも辛い思いしなくてよくなって、よかったわと言ってくれた。
店のケツモチはとりあえず変わらないそうだ。まあ、マフィアにしてみれば若頭が死んだところで金蔓を手放す理由もない。
日常は、呆気ないくらいに変わらずに過ぎた。
伊織が何かしたのだろうと、コウタには分かっていた。それは、ユノの組織に関係していることで、
伊織はユノの組織の人間なんだろう。
支配人の言葉を思い出す。
あいつね、大きな声じゃ言えないけど、きっと殺されたのよ。自殺なんて嘘っぱち。
バカじゃないマフィアはね、正面から拳銃ぶっ放して殺しなんてしないの。
自殺に見せかけるのよ。
伊織はコウタを守るために殺人をしたんだろうか、と思うとコウタの胸はざわついた。
なぜだか分からないけど、伊織のことを苦しめているような気がして、そんな不安や訳のわからない気持ちを伊織に会って話してみたかった。
でも、それから伊織からの指名は入らなかった。
しばらく経ったある日、仕事が終わって寮に戻ると階段の下でユノが待っていた。
「よお、久しぶり」
オレンジソーダの缶が入った袋を手にユノは悪ガキっぽい笑顔でニッと笑った。
「ユノくん、元気だった?」
前と同じようにテーブルを挟んで、ユノと缶ジュースで乾杯をする。
「うん。俺は元気が取り柄だからな。コウタは?」
ユノは話をしながら、めざとくコウタの小さな表情や声色の変化を観察している。
コウタは優しく微笑んだ。
「うん、元気だよ。…ねぇユノくん。今日来てくれてよかった。聞きたいことがあるんだ。」
ユノは驚く様子もなくうなづく。コウタがそう言ってくることは分かっていた。
「なんでも聞いてくれよ。そのために来たんだ。」
コウタはよかった、と笑う。
「色々、知りたいことがあるんだ。伊織さんは今どこにいるの?」
ユノは少し間を空けたあと、コウタをまっすぐ見つめて答える。
「お前にももう、あの人が俺のいる組織の人間だって、分かってるよな。前は誤魔化しちまったけど」
コウタはうなづく。
「あの人は組織の殺し屋だ。そして俺の上司。
死んだ冬花の男は俺の組織にとって手を出してはいけない人間に手を出した。だからあの人が消した。そして守ったものに危険が及ばないように遠くへ姿を消した。」
ユノの言葉を噛み締めてゆっくり飲み込むようにコウタは聞いた。
「姿を消した?…組織にとって手を出してはいけない人間って…」
ユノは視線を落として顎の下に手を当てて唇を噛むと、意を決してちょっと怒ったように話し続ける。
「俺はあの人に全てを口止めされている。上司命令だ。
…でもな、俺はお前に全部話す。そう決めてここへ来た。だって、あの人のやり方はずるい。独りよがりだ。あの人はいつだって1人で決めて1人で背負いこむ。
お前にだって知る権利もあるし、考えて決める権利があるんだからな。お前は、ただ守られているだけで満足する弱い人間じゃないって俺は知ってる。だから全部話す」
ユノはふうっ、と息を吐いた。考えた末に出した答えだった。
コウタにはユノがなんだか、親に一生懸命反抗する子供みたいに見えた。きっと伊織のことを本当に信頼しているんだろう。
「組織にとって手を出してはいけない人間ってのはお前だよ、コウタ。
お前は組織の死んだ前のボスと愛人の息子なんだ。そしてアカツキ…伊織さんはボスに、お前のことを陰ながら見守るようにと言われていたそうだ。何かがあったら守るようにと。」
コウタは母親が言っていたことや、伊織が話してくれたことを思い出していた。誰とは言えないが、お前のことを聞いて知っていた、と伊織は前に話してくれた。
「伊織さんは過去にボスに命を救われて以来ボスを慕っててな。お前のこと、お前の母親が死んだ時から、陰ながら時々見守ってはボスに報告していたそうだ。
それはボスが死んでも続いた。花売りをしているお前に客として接触してるのは驚いたけどな。あの人はあまり人との距離を縮めない。お前によほどの思い入れがあったのだろう。
そして、冬花の男の話を知った。それでお前を守るために消すことにしたんだよ。そして、お前に危険が及ばないようにスラムを出て行方をくらませた。」
「…そういうことだったんだ。伊織さんは、戻ってこないの?」
「わからない。でもあの人のことだから、ほとぼりが冷めてももう戻るつもりはないと思う。
表向きにはお前を守れっていうボスの命令だからやったって言ってるけど、俺には違うって分かってる。
あの人はお前のことを特別に思ってた。ボスの命令を超えてな。だから自分で手を下して、誰にも言わずに消えたんだ。
伊織さんはコウタにとっても大事な人だったんだろ。だから俺は、お前にちゃんと教えたかったんだ。」
全部の話を受けとめ切れたかは自信がなかった。
コウタは心にぽっかり穴が空いたように、埋められない寂しさを感じた。自分が影の社会の人間の血を引いてることは知っていたし、そんなことは今更どうとも思わない。
それよりも、伊織にもう会えないという現実。
「コウタ、大丈夫か?」
「あ、うん。だいじょ…」
大粒の涙がボロボロと溢れた。
「うっ…ひっ…」
ユノは泣き崩れるコウタの頭を撫でた。
「辛いことばかりでごめん。」
「…ううん。俺ずっと、何が起きてるのか知りたかった。だから、話してくれてよかった」
ユノはコウタを優しく撫でながらうなづく。
「もう一つ、伝えたいことがある。
伊織さんは無理やり手を汚したわけでもないし、それによって傷ついてもいない。
あの人はプロの殺し屋だ。仕事で人を手にかけることをなんとも思っちゃいない。傷つくこともないし、もしお前が罪悪感を少しでも持ってるならそれは必要ないから。
あの人には信念があるんだよ。だからこれからも、ここを離れてもそれを果たすために生きるだろう。」
コウタは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら首を傾げる。
「信念…?」
「うん。あの人、子供の時に家族を殺されてるんだ。それでこのスラムに誘拐されて、クソみてぇな目に合わされてた。それを救ったのが前のボスってわけさ。
それからずっと、あの人は家族を奪って自分を痛めつけたイカれた殺人鬼を殺すことだけしか見てない。それがあの人の信念さ。
全然笑わないし誰とも馴れ合わない。目的を果たすために誰よりも努力して誰よりも強くなった孤高の存在。
でもきっと、お前には誰にも見せないゆるんだ表情も見せたんだろうな。」
そう言われて、時々不器用に照れたり優しい目で見つめてくれた伊織のことを思いだした。コウタはさらに涙が溢れた。
「あの人がさ、自分の恨み以外で本気で怒ってるところ見たの、前のボスが死んだ時と、お前が冬花の奴に痛めつけられてるって知った時だけだったよ。きっとこれからも、お前はあの人の殺伐とした心の…なんだろ、「救い」、として残っていくんだろうな。
俺はお前のことすごいなって思うんだぜ。上手く言えないけど…どんな傷ついた人も悲しんでる人も癒してしまう。きっと、それがお前の力なんだよな。」
ユノはふうっとやさしくため息をついた。
「こんな話ばかりごめんな。これからお前がどう生きていこうと、俺はずっと友達だしお前のこと守るから」
コウタは泣きながら微笑む。
「ユノくんありがとう。
俺、もう少し時間かけていろんなこと受け入れるよ。今後どう生きようか考えたい。どっちにしろ、花売りでずっと生きていけないことはわかってたから。少し考えてみるよ」
ユノはうん、と答えてもう一度コウタをくしゃくしゃと撫でた。
それからしばらく、コウタが落ち着くまでそばにいた。
帰り道、街灯の灯りに照らされながらユノは思った。
2人はまた出会える。
ユノがただ真実を話すだけの訳がない。
いつでも適材適所だとアカツキはよく言っていた。その通りにしてやろうと、ユノはほくそ笑む。
そばにいるべき2人は、そばにいるべきなのだ。
余計なことをするなってアカツキは言うだろうけど、そんなの知ったことではない。
ユノはコウタも伊織も好きなのだ。
2人のために、少しだけ細工をするだけ。そんなこと、ユノにとってみれば難しいことではない。
いつの日か、この貸しはでかいぜアカツキ、って言ってやろう。
あの人、なんて言うだろう。どんな顔するだろ。
楽しみだな。
ユノはふふ、と笑いながら、夜の寝ぐらへと帰った。
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