ジリジリと照りつける太陽が古い家を焦がさんばかりに焼いている。
タクヤはプリウスを響の家の前に付けた。
「まあ、あなたが橋沼さん。勝手言って響を預けてごめんなさいね。響、まだ荷物詰めてるから、麦茶でも飲んでって」
「ああ、すいません。いただきます。あの、響のお母さんですよね?」
とタクヤが言ったところで響が部屋から出てきた。
「橋沼さん!すいません、準備終わりました。」
タクヤはボーッと母を見つめている。
「あ、おう。んじゃ行くか。じゃあお母さん、こいつはちゃんと面倒みますから、安心してください」
響の荷物をプリウスに乗せて、二人はは乗り込んだ。
「響、気をつけてね。待ってるね。橋沼さん、今度来たときご馳走するから」
車が発車すると、母は見えなくなるまで見送っていた。
「おい響、お前の母ちゃん、ずいぶん若いな」
車を出すとタクヤは言った。
「そうですかね?」
「うん。まだ30そこそこだろ?美人だしな。深田恭子に似てるよな。」
響は今日の出発までに、何度もタクヤとメールや電話でやりとりをした。
父が幼い頃死んで、母子家庭だと言うことも話しした。
タクヤは一見クールで喋りもそっけないけど、根はおおらかで優しい。
時々思ったことをストレートに言葉したりするけど、それはつまり裏表の無い、素直でまっすぐな人なんだと、響は思っていた。
「母さん、そんな美人すかね」
「美人だよ。ていうか可愛い系かな。狙いたいくらいだよ」
「橋沼さんが父さんってなんかすごい変な感じなんでやめてください」
「なんだよ、俺がオヤジなら毎日スタジオ入ってセッションし放題だぞ。最高だろ」
二人は笑った。
タクヤは池袋でギガヘルツという名の小さなスタジオを経営していて、
バンドのサポートドラマーをやったり、頼まれれば時々作曲もやっている。
「俺はバンドやるより、プレイヤーとして色んな場所でサポートする方が性に合ってるんだよ。それにライブハウスとかスタジオ経営するのも好きだしな。若い奴らを発掘して後押ししてやりたいんだよ」
25歳でギガヘルツを始め、以来5年間活躍してきたこの人は結構すごいのではないかと響は思った。
肝心なドラムプレイは見たことがないけど、いかにもドラムという楽器がこの人には似合いそうな気がした。
直感で物事を切り拓いていく、立ち止まって考えずにただ進む、そういう強さをタクヤから感じたのだった。
響はこの夏休みの間、タクヤのスタジオでアルバイトさせてもらいながら、タクヤのアパートに下宿させてもらうことになっていた。
「お前の母ちゃんいくつ?」
「えーと、36かな?」
「まじか!もっと若く見えるな…本気で狙おうかな」
「まだ言ってんすか」
タクヤは笑った。
響は、タクヤといるとなんだか気持ちが緩むような、安心感を感じた。
そんなことを話ながら、外は見慣れた畑や田んぼが通り過ぎて行く。
響は不思議な感じがした。叔父さんも、こうやって故郷の風景が流れ去って行くのを見ながら東京へ行ったのだろうか、と思った。
東京で、ここでは見られない、新しい何かを見るのだろう。それはどんなものだろうか。
「何神妙な顔してんだ。寂しくなったか?」
「バカ言わないでくださいよ。そんなことないです」
否定したけど本当は寂しいのかもしれない。故郷を出るときは、みんなこんなことを思うのだろうか。
響はまだ、本当に故郷を離れるということを知らない。
空想都市一番街
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