『僕』とレナ①

僕がその子に会ったのは、アオに無理やり連れてこられたジェラート屋。

せっかく海辺で1人でキャンプしていたのに、急にアオの奴が現れて、僕を引っ張って無理やりジェラート屋へ連れてきたってわけ。

人間じゃない不思議な存在の友達「アオ」にはそういうところがあった。いつもいきなり現れては気まぐれに僕をどこにでも連れ回すのだ。

正直閉口したけど、この日だけはアオに感謝した。

だってそこにいた女の子に、僕は一眼で恋に落ちてしまったから。

ツンとクールな目に、切り揃えられたボブカット。あの子とお話しできたらいいのに。

そんなことを思っていた僕に、なんと彼女から声をかけてきた。

「ねえあなた、さっきから見てるけど、私と会ったことある?」
「え?な、無いよ!それに見てなんか…」
「うそ!見てたの知ってるんだから。なんか、あなたの顔、見たことある気がするんだよね…」

彼女はジィッと僕の顔をのぞきこんでくる。

(近いっ!)

僕が顔を赤くして固まっているとアオがやってきた。

「あれ、君何やってるの?この子知り合い?」
「ち、違うよ、この子が僕のこと見たことあるって言うから」

僕がアオに話しかけると、彼女は不思議そうな顔をした。

「誰と話してるの?」

「へ?いや、友達と…」
「誰もいないじゃない。変な人。」

彼女の答えに驚いて僕はアオを見る。

アオは愉快そうに微笑んでいる。

(アオが見えないのか…)

「ねぇそれより、あなたのこと、なんか気になるから、ちょっと外の席でお茶しましょ」

彼女の思っても無い誘いに僕はポカンとしたままうなづき、ジェラートとエスプレッソを持ってテラス席に移動した。

アオは面白そうに手を振るとどこか別のところに消えていった。

「それで、あなたの名前は?」
「いや…名前は無いっていうか、その…覚えてなくて」
「なにそれ?記憶喪失?どういうこと?」

彼女はズイッと身を乗り出して僕の眼覗き込む。
ゆらゆらと潤んだ濃いブラウンの瞳が僕を見つめる。
なんだろうこの気持ち。彼女がかわいいっていうのもあるけど、もっと他に…

「ねぇ、聞いてるの?」
「あ、え?なんだっけ?」
「もうっ!だから、記憶喪失ってどういうことよ」

彼女は呆れたようにジェラートを一口食べて椅子に寄りかかる。

バニラとカシスのジェラート。彼女の好きなフレーバー。

「その…よくわからないけど、いつのまにか世界中を旅していたんだ。別に病気とか怪我したわけじゃなくて。僕はそういう存在だから」

自分でも何を言ってるんだろうと思った。でも、それは間違ってない。
意識したこと無かったけど、僕はそういう存在なんだ。

彼女の質問で僕は今まで忘れてたものを少し思い出しつつあった。

「なにそれ?よく分かんないんだけど。」

「ふふ。僕もよく分かんない。」

僕が困って笑うと彼女は真面目な顔をしてジェラートを一口。
二つのフレーバーをおんなじ量ずつスプーンに乗せて食べる。彼女の好きな食べ方。

「…ふふ」

彼女がチャーミングに笑った。
ツンとした目元が柔らかく下がり、頬にはかわいいえくぼ。

その顔を見せられたら、僕は何にも出来なくなってしまう。ああ、なんて…

「…かわいい」
「え?」

言ってしまってから僕はハッと我に返った。

「何でもない!そ、そのジェラートもおいしそうだね!」

「バニラとカシス。私いつもこれなの。…ねぇ、名前がないのは不便よ。あなたのことなんて呼べばいい?」

「僕は…ナ…」

言いかけて頭の中がぐにゃりと回った。ダメだ、これはダメ。

「大丈夫?…じゃああなたのことは『僕くん』て呼ぶね。いいでしょ?」

彼女が心配そうに僕を覗き込んで言った。その覗き込む姿、僕は多分知ってる。

「うん。いいよ。あなたの名前は?」
「私はレナ。そこの大学に通ってるの。よかったら連絡先教えてよ。またお茶しましょ」
「うん!よろしく、レナさん」

僕たちは連絡先を交換して別れた。


「クールな美人だねえ。こういうの逆ナンっていうんでしょ。君も隅に置けないね〜」


僕が余韻に浸ってぼんやりしているとまたアオが現れた。

「何だよ、消えたり現れたり忙しいやつだな。僕もたまにはいい思いしてもいいだろ」
「うんうん。いいんじゃない?」

アオはそういうとくるりと背を向けた。

「君には思ったより大きな秘密がありそうだ。あの子とも…」
「なに?」

アオは振り向いて笑った。

「うはは。君って本当に面白いよねぇ。ただの迷い✖︎✖︎だと思ってたのに…さぁ帰ろ。私はもう眠くてしょうがないよ。君の寝袋一つ借りるよ」
「どういう意味だよ?ちょっと待てってば」

アオを掴むとそのままいつの間にか浜辺まで引き戻されていた。

「さあ寝ようよ。君もこれからきっと忙しくなる。おやすみ〜」

サッサと僕の寝袋に入って寝てしまった。本当に勝手なやつだと僕はため息をついたけど、アオのおかげでレナさんに会えたので大目に見ることにした。

僕はもう一つの寝袋を出して、狭いテントの中でアオの隣に横になった。

僕はアオと同じ、人間じゃない何かなんだということ、今日思い出した。
いつからそうなったんだっけ。確かに初めは、人間だったはずなんだけどな…

今日出会ったレナさんの声や顔や仕草を思い出しながら僕は眠った。

不思議と、ずっと前から彼女のことを知っている気がした。



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