僕とレナさんは、それからよく会うようになった。
レナさんが大学が終わった後にカフェに行ったり、散歩をしたり、ショッピングをしたり。
レナさんに言わせると僕は「私服がダサい」そうで、ちゃんとすればかっこいいのに、と言って服を選んでもらったこともあった。
僕らの仲はどんどん深まっていった。
ある日ショッピングのあと二人で居酒屋に入った。
一緒にお酒飲むのは初めてだった。嬉しいけどなんだか緊張する。
「僕くん何飲む?」
「うーん、お酒飲むの久しぶりだなあ。ビールにしようかな」
「ふふ、私も久しぶりなんだ。同じビールにする」
僕たちは生ビールを頼んで乾杯をした。
「ぷはー!美味しい!やっぱり冷えた生ビールは美味しいね。しかも、僕くんと飲むビール。」
レナさんはリラックスしているようで、そんなことを言う。表情もいつもより柔らかい。
「僕と飲むビールおいしい?」
ドキドキしながら笑って聞き返すと、レナさんはえくぼのあるあの笑顔になった。
「すごく美味しい。なんだか、嬉しくってさ。僕くんとずっと飲みたかったから。」
何でそんなこと言うんだろう。
僕はうれしいのに泣きそうになった。何で僕に、そんなこと言ってくれるの?
「僕くん?大丈夫?ほら、好きなもの食べようよ」
レナさんにメニューを見せられながら顔を覗き込まれてハッと我にかえる。
まったく、レナさんといるとこんなこと繰り返してばかりいる。
そんなこんなで僕たちは大いに飲んで、好きなおつまみを食べて、本当に楽しく一緒に過ごした。
そろそろ帰る時間になったころ。
「僕くん、今日も帰る家はないんでしょ?海辺で寝るの?」
「うん、今日は浜辺のテントで寝るよ」
「ねぇ…それならさ、その…」
珍しくレナさんがモジモジして顔を赤らめている。
「うちに来ない?今日家族出かけてて一人なの」
お酒でぼんやりする頭にレナさんのセリフがエコーがかって響いた。
う ち に こ な い ?
「変な意味じゃないからねっ…!たまには家でゆっくり寝てもいいんじゃないかなって…い、嫌ならいいから!」
僕は夢でも見てるんじゃないか。
目の前で照れてふてくされたように唇を尖らすレナさん。
僕を、家に誘ってくれてる…
酔っ払ってる力も借りて、僕はいつもより何倍も気が大きくなってる。
「嫌じゃないよ。すごく嬉しい。レナさんの家にお邪魔させてもらうよ」
僕は手を伸ばして、向かい合ったレナさんの頭を撫でた。
「ありがとう」
普段こんなことできないくせに。…お酒のせいだ。
撫でられたレナさんは潤んだ目を細めた。
例えようのないくらい色っぽくてかわいい。僕はもう、彼女を抱きしめたくて堪らなかった。
きっとそんな気持ちが顔に出ていただろう。どんな浅ましい顔してるかとたまらなく恥ずかしかったけど、どうしようもなかった。
店を出ると僕は抱きしめてキスをしたいのを堪えて、レナさんの手を握って歩いた。
暖かくて柔らかい手。ずっと繋ぎたかった手。僕の大切なレナさんの手。
「ねぇ僕くん」
「なあに?」
「私たち、きっと出会ったことがあるんだよね。初めて会った気がしないの。もし前世があるなら、きっと…」
ザァァ…と風が木の葉を撫でていった。
「うん…」
僕は彼女を抱きしめていた。
愛しいから。それに…怖かった。
「レナさん、僕のレナさん、もう二度とあなたを苦しめたくない…」
僕は無意識に呟いた。
小さな声は風にまぎれてレナさんには届いていない。
「僕くん。好きだよ。ずっと一緒にいて」
「僕もレナさんが大好き。ずっと一緒にいたい」
そしてまた手を繋いでレナさんの家に帰った。
それから。僕はたちは同じベッドで眠った。
僕は愛しいレナさんの体に触れ、その甘い声を聞き、温かい体温を感じた。
頭の中で、「馬鹿だな、馬鹿だな」と言う声が警報のように響いていた。
僕の声だ。
僕は馬鹿なことをしているのだ。分かってる。
だけど愛しさに敗れて夢中で彼女を愛してしまった。
僕の体は作り物だ。人間じゃない自分の入れものにすぎない。
なのに彼女は気付かないようだった。
それどころか愛おしそうに僕の胸を撫でた。
「僕くんの体、あったかい」
「僕で満足?」
「うん。当たり前じゃない。」
「男じゃないのに」
「そんなの、何にも関係無い」
僕は作り物の体で何度も彼女を抱きしめた。愛おしさで頭がどうかしてしまいそうだった。
僕の思惑も決意も全てが、敗北した瞬間だった。
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