夜の公園(アルコールと熱いお茶)

しばらく寝台のうえで身を起こして窓の外を眺めていた。

ああ、と声が漏れた。ソラの思い出は僕に後から後から涙を流させた。

ああ、となんども呟きながら僕はしばらく泣いた。


「お客さん」


カーテンで仕切った通路から不意に声がした。車掌の声だ。僕はティッシュで涙を拭いて鼻をかむと、はい、と返事をした。


「何か?」


「いえ。…何かお困りではないかと」


声を出して泣いていたのが聞かれたと思って僕は咄嗟に謝った。


「ごめんなさい、うるさかったですよね。もう大丈夫です。」


カーテンの向こうで車掌が何か逡巡している気配を感じた。


「…ならいいんです。あなたは私が思っているより、つ……ら…た…」


最後の方の言葉がうまく聞き取れない。僕はえ?と聞き返す。


「なんでもありません。あなたは次も少ししんどい思いをなさるかもしれません。『感触』は全て過去のものだということをお忘れなく。なにかありましたら呼んでください」


そういうと車掌は別の車両に遠ざかっていったようだった。


次もしんどい、か。


流石に僕は少し理解してきた。

この列車の中では、何か大切なことを思い出す出来事が起こるようだ。

それを車掌は分かっているのだろう。


僕はため息をついて寝台のカーテンを開け、トイレに立った。


トイレから出て寝台車両のドアの前に自販機が置いてあったので、僕は小銭を出して、アルミのペット缶のあったかいお茶を買った。


寝台に戻る途中、カーテンの閉まった他の寝台から、啜り泣きやゲームの音、キーボードをタイピングする音、誰かの会話する声が聞こえる。結構人がいるようだ。


車掌は他の場所を覗くなと言っていた。まあカーテンを引いて中にいる人を好き好んで覗こうとは思わないが、こんなにたくさん人がいるのなら、鉢合わせてもおかしくない気がした。

そんな気持ちで自分の寝台に戻ると、あったかいペット缶のお茶を飲もうと蓋をひねる。
バリバリ、と音がして蓋が取れ、熱いお茶の湯気が立ち上る。

ふう。

ため息をついてお茶を啜る。そうだ、こんな思い出があった、と脳裏に浮かんだ瞬間、僕は夜の公園のベンチに座っていた。


かなり酔っている。そして隣にはコウタがいた。

僕はコウタと何か話しながら、2人で泣いた。僕たち2人はその時、世界でただ2人だけ、同じ心の痛みを共有していた。他の誰かには理解できない痛みを。

不意に僕は感情が高まり、熱いお茶のペット缶を泣きながら握りつぶした。

よくそんな力が入ったものだと思う。固いペット缶は限界を留めないほどベコベコに潰れた。

コウタはわあわあと泣く僕の力がこもった手から無理やりペット缶を引き剥がすと、僕を抱きしめてキスをした。

「あれ…何でコウタとキスしてんの?いいのかな…?」

アルコールでグルングルンする頭で僕は言った。何が起こってるのかよくわからなかった。

「ハハハ…いいんじゃない?」

コウタが見たこともないくらい悲しそうな顔で笑った。


僕らはあの時こうする以外に方法がなかった。ぽっかり開いた心の穴を埋めるために、ただ体温を必要としていた。
痛みを分かち合える人の体温を。

そうすることでしか、次の扉を蹴破れなかった。

僕たちは本当にただの友達でしかなかったのに、その夜お互いを埋めあった。

悲しかった。こんなに悲しいのに、それがなければ僕もコウタも自分を保っていられなかった。

セックスがこんなに悲しいものだとその時初めて知った。
 

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