時は少し遡り。
AZEMICHIのリハの前。タクヤはその日初めてサポートメンバーと顔を合わせた。
車内で曲のアレンジや構成をルイから聴いて頭に入れていたタクヤだが、早く音を合わせて仕上がりをチェックしたい。
そう思ってはやる足でリハスタジオに入る。
そこには3人の若者がいた。
「あ、タクヤさん!!こんにちは!!今日は声かけてもらってすごく光栄です!!」
元気に声をかけてきたのは爆発したような黒髪天パの男。見たことがある。
「君は確か、今売り出し中のインディーズバンドのギターボーカルだったよね?」
「そうっす!!サースティーズでギターボーカルしてる片岡瀬名です!!ソロでも路上とかで歌ってるんですけど、こんなでかいフェスでギター弾けるの俺嬉しすぎて、その、さっきからワクワクしてたまんないっす!!」
多動気質で愛され青春パンクお兄さんなんて呼ばれてるのを聴いたことがある。なるほど呼び名に相応しい愛くるしさだ。
「よろしくセナくん!俺はタクヤ。そちらの2人は?」
「俺はバロッカってバンドでベースボーカルやってる城戸悠斗です。こっちはドラムの…」
「小田切嵐です。今日はサポートで呼んでもらって本当に光栄っす。」
セナに比べたら大人しい2人が笑顔を見せる。
バロッカ、というバンドも聞いたことがある。いまインディーズ界隈でメキメキ実力をつけている話題のバンドだ。
「よろしくね。サポートに来てくれてありがとう!」
タクヤは3人と握手を交わす。
「ね、いい子たち集めたでしょ?今若手で引っ張りだこの実力もカリスマ性も兼ね備えた精鋭アーティストだよ。この子達ならAZEMICHIをフェス仕様に仕上げてくれる。さぁ、リハを始めよう」
ルイはニコニコしながら言うと、早速音合わせに入った。
ライブ慣れしてるタクヤに、感性鋭くAZEMICHIのロックを表現してくれる若手たち。リハでも手応えは十分だった。
それから時間までメンバーたちはしばし自由時間となる。
タクヤは3人とすっかり打ち解けて、一緒にフェス飯を楽屋で食べることにした。
ルイは「ちょっと用事」と言って楽屋から出かけていった。
音楽会社の経営もしているから、色々挨拶があるんだろうとタクヤは思ったが、いつものルイと何かが違うような気がして少し気になった。
ルイは楽屋を出ると、cutzの楽屋テントに近づく。
cutzはヴィジュアル非公開アーティストなので、そう簡単に中には入れない。
ルイは辺りを見回す。cutzがここにいるなら、その人はそばにいる。
根拠はなかったが、ルイは強烈にそう信じていた。確信していた。
あの人はそう遠くへは1人で行けないだろうから、もし外にいるなら近くの、日差しを遮られる場所にいるはずだとルイは見当をつけ、歩きながらスポットを探す。
すると、湖のほとり、木陰になっている場所にその人はいた。
随分長い時間会っていなかったけれど、その人だとルイはすぐに分かった。
「こんにちわ。少し、宜しいでしょうか」
やや離れたところからルイは驚かさないように優しく声をかける。
その人はゆっくりと車椅子をこちらに向けた。
「…あなたは…」
車椅子の女性は驚きの表情でルイを見つめる。
そのボブカットの前髪から覗く目は、ルイと同じ光を宿している。
「やっぱり。今日会えると分かってた。会いたかったよ、ディアナ」
2人の間の空間に湖で冷やされた風が通り過ぎる。
「…なんて言ったらいいのかしら。まさかあなたに今日会えるなんて、思ってもいなかったわ…どうして私がここにいると分かったの?」
「cutzって、君の子だろ?彼の歌を聴いた時から確信してた。彼はきっとディアナの子だって。だから今日、秘密で cutzの前にAZEMICHIのアクトをすることにしたのさ。君はきっとここに来ていて、会えると思ったんだ。この目で見たように確信していた」
ディアナはメガネの下の目を細めた。
「ふふふ、あなたは時々その目で見えないものを見る時があったわね。少し先の未来や、無くしたもののありか。きっと今日会えたのもそんな不思議な力のおかげかしらね。
あなたの言うとおり、cutzは私の息子よ。今日はあの子のライブを見にきたの」
カラカラと車椅子を漕いで、ディアナはルイの方へ近づいていく。
「素敵な目は変わってないわね。」
サングラスを外したルイの目を見てディアナが言う。彼女も自分のメガネを外した。
「君も全然変わってない。もっとずっと綺麗になった」
ルイはしゃがんでディアナと目を合わせると彼女を抱きしめた。
ディアナもルイの体に手を回しきつく抱きしめる。
「兄さん。会いたかったわ」
ディアナの目から涙が溢れる。
「僕もさ。1日も忘れたことなんかなかった。僕の大切な、たった1人の妹」
2人はしばらく、静かな湖畔で再会を喜び合った。実に30年ぶりの再会だった。
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