夏フェスと「cutz」④

ルイとディアナは、財政界の大物の父と、スラムのバーで働いていた欧米とアジア系のハーフの母親との間に生まれた双子だ。

立場を超えて惹かれあってしまった両親は周りの反対を押し切って結婚したけど、ルイとディアナが10歳くらいの時に母はディアナを連れて行方知れずになっていたのだった。

2人の行方をずっと追っていた父とルイは、母がスラムのマフィア「闇猫」の頭領の娘だと知った。

母は、先代が死んで跡を継ぐためにスラムに戻ったことが分かったのだった。

「ママはワザと、兄さんじゃなくて私を連れて行ったのよ。私の方が目の力も弱いし、足も不自由だったから。
強い力はもうスラムにはいらないんだって言ってたわ。暴力に暴力をぶつけるやり方を終わらせようとしていたの。結局暴力によって命を落としたけどね…でもママのやりたかったことは、実を結んできているのよ。少しづつスラムにも健全な空気が漂い始めてる」

ディアナはぽつりぽつりと話した。
ルイはうなづきながら黙ってそれを聞いている。

「私はいま闇猫のボスなの。でも今の闇猫はもう裏社会での地位はないわ。そうね、例えていえば小さな会社のようなものかしら。私を暗殺したところで得する組織も無い。だからこうして丸腰で1人でいても平気。ふふ。とても平和よ」

ディアナは微笑む。
母が死んだということは噂では聞いていたから今さら特別な思いも沸かないけれど、穏やかに微笑むディアナを見てルイは長年の心のしこりが解けていくのを感じた。
ディアナが誰かに苦しめられて搾取されているのではないかと思うほど胸を痛め、なぜディアナではなくて自分を連れて行ってくれなかったのかと母を咎める日もあった。


「今幸せ?」

ルイの問いにディアナはにっこりと笑う。

「ええ。息子もしがらみに縛られずに好きなことをしているし、こうして晴れ舞台を観にこれるしね。幸せよ」

「君にはパートナーは?」
「息子の父親はもう亡くなってね。今は別のパートナーがいるの。兄さんは?」

「僕は、最初の妻を亡くして、再婚して今妻と2人の息子がいるよ。色々あって2人とも僕と血は繋がっていないけど、幸せに暮らしてる。」

ディアナはうなづく。始終穏やかな表情だ。

「素敵ね。あなたの家族といつか会えたらいいわ。私のパートナーは…」

ディアナはふとルイの後ろの方に目をやる。
そこには黒い癖毛のロングヘアをポニーテールにまとめた20代半ばくらいのかわいらしい女性が怪訝な顔をして立っている。

「あら、ヒカリ。どうしたの?そんな怖い顔をして」

ディアナが優しく言ったが、その響きの中になんとなく意地悪なものを感じる。ルイはディアナがSっ気のある女の子だったことを思い出した。

「ディアナさん、その方どなたです?」

ルイが自己紹介をしようとする前にディアナが口を開いた。

「あらなぁに?私が誰かと話すのが気になってさっきからそこに立っていたの?私が知らない人と話すのは不愉快かしら?」

「そっ、そういうことではありません、私は、あなたが危ない人に、その、狙われたりしゅ…」

ヒカリは盛大に噛むと顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

「あの…、僕は彼女の兄妹なんです。久しぶりに姿を見つけて話しかけていたんですよ。怪しいものでは無いですよ」
 
ルイが慌てて弁明するとヒカリはパッと顔を上げた。

「ディアナさんの兄妹?」

「そうよ。こっちにいらっしゃい。ほら早く」

ディアナに呼ばれ、近くに寄ってきたヒカリはディアナの前で膝立ちになって恥ずかしそうに目を伏せる。

「うふふ。ヒカリは分かりやすいんだから。嫉妬したのね?可愛い子」

ディアナがヒカリの顔を撫でて、耳元で囁く。ヒカリはさらに顔を赤くして目を伏せている。

「あのー、もしかして、君のパートナーって…」

ルイが照れ臭い雰囲気に口を開くと、ディアナは嬉しそうにヒカリを引き寄せて手の甲にキスをした。

「そうよ。この子が私のかわいいパートナーのヒカリ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします…」

なんだか主従関係を見せられているような、久しぶりにSっ気のあるディアナの姿を見てルイは苦笑いをしつつもヒカリと握手をして2人を祝福した。

「素敵な恋人だね」

ルイがそういう時ヒカリは少し表情を曇らせる。

「ありがとうございます。私もディアナさんとパートナーになれて嬉しいんですが、実はまだユノさんに…あ、cutzさんに、私のこと認めていただいていないんです。ディアナさんに付いて来たはいいんですけど、口も聞いてもらえなくて。いつか認めてもらえたらいいんですけどね。」

cutzはユノというのか、と思いながらルイはうーんと首をひねる。

「2人が愛し合って幸せならば、きっといつか伝わるはずですよ。僕の妹をどうぞよろしくお願いします」

ルイがにっこりと微笑むと、ディアナとよく似た顔に照れたのかヒカリはまたはにかんで顔を真っ赤にしながら「はい」と言った。

「兄さん、そろそろ準備の時間じゃない?私AZEMICHIの作品全部持ってるのよ。タクヤの声が大好きで大ファンなの。これから車椅子ブースへ行ってスタンバイするわ。また後で、cutzも紹介するわね。それじゃ」

ディアナはそう言って無邪気に手を振ると、ヒカリが車椅子を押してバックステージから表へ消えて行った。

その姿を見送りながら、ルイは感慨深くため息をつく。
やっぱり会えた。まるで嘘みたいだけど、現実にずっと会いたかった妹に会えた。
あとはcutzに…ユノに会いたい。
そう思いながらルイはAZEMICHIの楽屋へと戻って行った。





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