僕は今列車に乗っている。
今は夜。寝台車の2階で、半円形の窓から見知らぬ町の灯りを眺めている。
僕はこの列車で、海辺の街を目指している。そこには、ずっと会いたかった友達が待ってる。
それまでの道中のこの列車の中で、僕はあまり思い出したくないことも含めてさまざまな過去を思い出して追体験していた。
どう言うわけか、この列車にはそうなるように全てが用意してあるようだ。
味方は車掌だけ。
彼は僕が本当に辛かった時もいつも一緒にいてくれた人だ。
車掌に姿を変えて、僕のこの旅を見守ってくれていた。
さて。
僕はグレーのフェルト貼りの床に横になると、毛布をかけた。
窓の外の家々の灯り。
あそこにいる人々は、幸せだろうか。
怖い思いをしていないだろうか。
愛情深い幸せと共にありますように、と僕は思った。
そして、今日逝ったある愛情深いアーティストのことを想った。
彼の音楽は、僕が思い出すのも辛い長い長い地獄のような日々の中にあって、愛をくれた。1人でも楽しいけど、2人だともっと楽しい。
そんなことを歌ってくれた人。
聞くシチュエーションによってはひどく心乱れたりもしたけど、
いつも彼の歌は普遍的で深い愛情に満ちていた。ユーモアに溢れ時にいくじなしで、でも愛を歌わせたらこんなにも力強い人はいないのではないか。
どんなふうに生きたらこんなに明るく愛を与えられるのだろうと、羨んだりもした。
そんな優しいあなたの声がもう、この世からなくなってしまった。もう作品としての形でしか会えない。
この世から消えてしまうということ。
僕はたまらなくて寝台車で泣いた。
ここでは誰にも咎められない。誰も邪魔しない。溢れる涙を拭うこともしないで泣いた。どこにもいかないでほしい。優しいあなたにここにいてほしい。
しばらく泣いていると、カーテンの向こうに気配を感じた。
呼んでないのに結局いつも僕が悲しんでると様子を観にくるんだ、この人は。僕は何となく笑った。
「大丈夫ですか。通りすがりに。声が少し聞こえたもので。これ、飲むと落ち着きますよ」
車掌は少しカーテンを開けて僕に何か温かい飲み物が入ったマグカップを渡してきた。
「ありがとう、車掌さん。あなたはいつも僕のこと助けてくれるんだね」
「…自分の過保護ぶりには、少しあきれるけどな」
一瞬笑うと車掌はいつもの車掌に戻って、「また何かあったら呼んで下さい」と消えていった。
ぼくは寝台車で半身を起こして、渡された温かい飲み物を飲んだ。
スパイスが効いたチャイだ。
温かみが体にじんわり広がる。
今日、今、ここにいないあの人。
僕は彼の体温を、声を、空気を、出来るだけ現実的に空想した。
きっとあの人の空気は柔らかく優しく豊かな色に溢れ、暖かかったに違いない。
いつか、僕もそちらへ行く。遅かれ早かれ。
僕はチャイの暖かさを身体中で感じようとした。生きてるからこそ感じること。
この世から去ってから分かること。
きっといつか会える。
そう思って僕は、空のカップを枕元に置くと、毛布にくるまって目を閉じた。
まどろんできた頃、優しいあの人の声が聞こえたような気がした。
空想都市一番街
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