闇で見守る者② 危険な太客

「コウタさん、どうしたの?なんだかぼんやりしてるみたい」

膝枕で猫のように甘える女性がコウタの目を覗き込んでくる。

「…え?そんなことないよ。かわいいミサキちゃんのこと考えてただけ」

コウタは優しく微笑みながらミサキの髪を撫でる。ミサキは心地よさそうに目を細める。

「ならいいんだけど…他の人のこと考えてるのかと思って、ちょっと妬けちゃった。私のこと見てくれないと嫌だよ」

「大丈夫だよ。こんなに可愛いミサキちゃん以外のことなんて、考えられない」

コウタはミサキを優しくベッドに押し倒すと上に乗る。

「ミサキちゃん、大好きだよ」

耳元で囁きながら、ミサキの体を弄る。ミサキの吐息と甘い声が部屋に広がる。

正直、伊織のことを思い出していたのであった。あれ以来どんな客と接していても、ふとした時に優しく撫でてくれたあの手のことを思い出してしまうのだ。

甘えん坊な客が多い中、まさか自分が甘えさせられるなんて。

でもあの経験はとても心地が良かった。人を甘えさせるよりも、自分は人に甘えたかったのかもしれない、とコウタは密かに思うのだった。


「コウタさん、今日も気持ち良くしてくれてありがとう。またお金稼いで指名するから、辞めちゃわないでね?」

ミサキが別れ際に手を握って上目遣いに見てくる。

「辞めないから大丈夫。でもミサキちゃん、お仕事無理しないでね?体を大事にして、ちゃんと元気に会おうね。約束だよ」

コウタが小指を立てると、ミサキが嬉しそうに小指を絡める。

「うん!約束。じゃあ、またね!」

雑踏に消えていくミサキを見送るとコウタは事務所に戻った。

「おかえりコウタ。あんたに指名入ってるよ」

「えっ、誰?」

ぼんやり伊織のことを考えていたので、支配人の言葉にコウタは不自然に大きな声が出てしまった。

「いつもの『冬花』の若頭だよ。…あんた、やっぱり気になってるね?」

支配人がまつ毛バッシバシのドラァグメイクでニヤリと笑ってくる。

「何が?」

コウタは冷静を装ってロッカーを開けて「仕事用」の荷物を置く。

「この前指名してきた「伊織」って客さ。あんた、あれ以来ちょっとボーッとしてるもんねえ。ねえ、そんなに良かったの?いつでも穏やかなコウタがぼんやりしちゃうくらい」

支配人が面白そうにいじってくる。

「そんなんじゃないよ。あの人とはしなかったし。」

「えー!!やらなかったの?…まあ、たまに添い寝してくれるだけでいいって人もいるけどさ…そんなに草食系?登録されてる写真見る限り肉食系にしか見えないんだけど」

「えっ、何それ登録って。写真なんてあるの?」

支配人はカタカタとパソコンをいじる。

「あるわよぅ。言ってなかったっけ?ここはマフィア「冬花」の息がかかった店だもの。ちゃんと身分登録した人にしか店子は派遣しないの。ほら、この人。あんたが気になってる伊織ちゃん」

支配人がパチンとエンターキーを押すと、伊織の身分証が大きく写された。

「伊織暁音(アカネ)…28歳。経営コンサルタント。出身はメインシティ、最終学歴は州都大学ですって。インテリよインテリ。それにしたってあんた、この、服を着ててもわかる逞しいカラダ…ああんもうっ、アタシが若かったら客にしたのに!こんないいカラダしてやらないなんて!インポなのかしら…」

支配人が騒がしい横でコウタは画面を見つめた。

優しい手の感触がフラッシュバックする。
それに、あの、とても鍛えられた、体…

「ちょっとコウタ、聞いてるの?もう、アンタが客に惚れる日が来るなんてねえ…どんな相手でもいつも平常心なあんたがさ。」

「べつに惚れたわけじゃないよ。優しい人だったし、それに体無しで、美味しいご飯まで奢ってくれたしさ。また会えたらいいなぁって思ってるだけ」

コウタは平常を装うけど、少しだけ気持ちは乱れている。伊織を思い出すと、不思議な安心感と、胸がギュッとなる切なさ。

「へえ〜。ま、苦労してる子に善意で援助するのが好きなお金持ちっているものね。いいじゃない。実はその伊織ちゃんからも指名入ってるわよ。ふふふ、次も体無しかしらね?」

コウタは思わず「えっ」と声が出てしまった。
それを見逃さない支配人が楽しそうに目を輝かせている。

「ま、明日からの若頭頑張ってちょうだい。いつもあんたばっかり悪いけどね…。伊織ちゃんはその後の週末だから。ご褒美とでも思っておいたら?なんてこんなこと若頭に聞かれたら殺されるわね〜」

支配人はため息をつく。

コウタも正直、若頭は得意ではない。
お店の後見をしているマフィアの人間だから断れないし、支配人もコウタを庇いきれないところがあった。

「いつも通り頑張るよ。若も悪い人じゃないしね。それじゃ、お疲れ様です」

コウタはいつも通り穏やかに微笑むと事務所を後にした。



「冬花」の若頭は別荘にコウタを呼び出しては家事をやらせたりマッサージをさせたり、甲斐甲斐しく自分の世話をさせるの好んだ。

亭主関白で豪快で、普段は温厚な人物だが…

プレイに問題があった。


コウタは横になる若頭にマッサージをしている。
「今日もすごく肩が凝ってますね。それにこの傷…大丈夫ですか?」

若頭は笑って答える。

「オヤジがいない間に舎弟どもがやらかしあってなあ…仲裁に入ったらこのザマだよ。もう痛みはないから遠慮なくやってくれ。」

「はい…」

切り傷が痛々しく残る背中にマッサージをしていく。

「お前はいいな、コウタ。うちの馬鹿どもと違って賢いし、素直だ。それに、」

と言って若頭は寝そべりながら手を伸ばしてコウタの太ももの内側に手を滑らせてなめるように撫でる。

「んっ…」

「こっちの感度もいいしな。どうした、手がおろそかになってるぞ。しっかりやってくれ。肩こりが酷いんだ」

若頭はコウタの反応を見ながら楽しむ様に執拗にいやらしくコウタを撫でる。
やがてズボンと下着を下ろして硬くなったコウタのそこを直接扱き出した。

「あっ…、ダメです、そんな、」

「手より腰が動いてんなあ?」

「んあ…っ、意地悪言わないで下さい…!」

若頭はニヤリと笑うと手を止め、コウタを押し倒した。

「あ〜あ、そんなツラになっちゃって。コウタはかわいいねえ」

ズン、と重く甘い感触が下腹部を貫く。電流が走った様にコウタは小さく震える。

「んんっ…はあっ…」

「お前の体は美味えなぁ。どんな女より中毒性があるよ。」

そして腰を動かしながら、

おもむろにコウタの首に手をかけた。

手に力が込められる。

「ぐっ…あ、かはっ…」

「かわいいよコウタ。お前の苦しむ顔はたまらねえ。下もギュウギュウ締め付けてくるしな。…おっと、これ以上はやべえな」

パッと手を離されるとコウタは激しく咳き込みながら肩で息をする。
目から涙が溢れる。

若頭は死なない程度に、痛めつけながらする行為を好んだ。

首締め以外にも、縛られたり、強くつねられたり、吸われたり、噛みつかれたりする。

この暴力的な行為にたまらなく快感を覚える質であるようだった。

コウタは辛抱強く耐えた。
正直言って不快なのに、行為の果てに強制的に快感に達してしまう自分が嫌だった。

「ああ、もう、もう許して下さい…だめ、イッちゃう、ああ…」

苦しみと快楽が交差した果てに達するのは、コウタの心を奇妙に捻じ曲げた。

この感覚を覚えたくはなかった。


「今日もごめんな。コウタ。」

ことが終わると若頭はいつも、さっきまでの乱暴が嘘の様に優しく体を撫でた。

「お前が可愛くて、つい本気になっちまう。痛めつけて悪いな。いつもありがとな」

若頭に優しく抱きしめられながらコウタは微笑む。

「いいんですよ。若が俺を可愛がってくれて嬉しいです。」

「お前は優しいよな。本当に、俺のものにならねえか?」

今まで言われたことのない言葉に、一瞬コウタの体がこわばった。

もしこの人が本気で自分を愛妾にしたいと思ったら断れないだろう。
店の後見マフィアの次期ボスだ。支配人だって断れない。
一見穏やかだけど狂気を宿したこの人を怒らせたら…と思うと恐怖を感じた。

「何言ってるんですか、若ほどの人が俺みたいな男娼に。勿体無い言葉ですよ」

冷静に穏やかに、できるだけ優しくコウタは微笑んで言葉を返す。

「はは、まあ、急ぎはしない。そのうちオヤジにも話して、それからだな…」

若頭は楽しそうにコウタを抱きしめるとおでこにキスをした。

コウタは寒気がした。
この前、伊織にされたおでこのキスとは全然違う、まるで触れた部分から腐っていく様な恐ろしいキスだった。

もう俺は逃げられないのかもしれない。
コウタはそう思って心をなるべく無にして目を閉じた。




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