「今度久しぶりに連休が取れた。お前の予定が合えば、旅行に行かないか。」
伊織からのお誘いがあったのはある土曜日の夜。
コウタは海辺の街の孤児の保護施設で保護司をしていて、施設内の居住区で一人暮らし。
伊織はメインシティの中心部で仕事をしながらマンション暮らし。
別々に暮らしながら、月に一回か二回お互いの時間が合う時に行き来をしていた。
仕事の時間が合わないので電話も大体週に一回、土曜日の夜。
今日はその貴重な電話をしていたのだった。
「旅行ですか。久しぶりですね。行きたいなあ。…でも、子供達がいるから、連休取れるかな。俺以外にも保護司はいるけど人手が足りていなくて、よく怪我をする子達も多いのであまり長く施設を空けるのが心配なんです。ちょっと仲間に相談してみます」
「そうだったな、人の命を預かる仕事だ。なかなか連休は難しいだろう…無理だったらいつものようにお前に会いに行くだけにするよ」
コウタは胸がギュッとなる。
本当は一緒に旅行に行きたい。伊織と長い時間ゆっくりと過ごしたい。会えない時間が長いから、いつもそう思っている。
「はい…相談したらお返事しますね。…ちなみに、どこか行こうと思っている場所はあるんですか?」
伊織が電話の向こうで足を組み直したような気配がした。
「山の中腹にある温泉街だ。歴史的な街でな。古の城壁や寺社仏閣がたくさんある。…お前に見せたいと思っていた庭園もあってな。機会があれば案内したいと思っていた。
だが予定が合えばの話だ。今回ダメでもまた機会があれば行こう」
コウタは聴きながらワクワクが込み上げてしまった。それに、見せたいと思ってくれていたことが嬉しい。
「すごく楽しそう!なるべく行けるように調整してみます。」
「ああ。無理せずな。じゃあまた電話するよ。」
もう電話も終わりの時間だ。
コウタは寂しくなって携帯を握りしめる。
「…愛してる。」
携帯を通して聴こえてくる伊織の低くて優しい声。その声をここで、伊織に抱かれて聴けたら。
そう思ったらコウタは体がジン、と熱くなるのを感じた。
「…愛してます。伊織さん…会いたい」
伊織の吐息が深くなったように感じる。
「コウタ。俺もだよ。今すぐお前を抱きたい」
そんなこと言われたら、心と体が痺れたみたいになってしまう。
「…俺、今日1人でしちゃうかも。伊織さんのこと考えながら。…って、何言ってんだろ、へへ。次に会えるの楽しみにしてます。おやすみなさい」
伊織はすぐに返事をしない。
「伊織さん?」
「あ、いや、すまん。想像してしまった。かわいいな。お前のそんな姿が見られたらいいのに。…じゃあな。おやすみ」
きっと電話の向こうでいつものように顔を赤くして、我に返ってまた余裕の大人の伊織に戻ったのだろうと思ってコウタは微笑んだ。
伊織が照れたり恥ずかしがった時にやるその一連の仕草が、なんだか不器用でかわいくて、コウタはとても好きだった。
通話を切って余韻に浸っているコウタはベッドに倒れ込む。
「はぁ、すき…。会いたいよぉ…」
伊織に買ってもらったキングPの大きなクッションを抱きしめながらゴロゴロ転がる。
温泉に旅行に行ったら、一緒に温泉に入って、美味しいものを食べて、たっぷりゆっくりできるんだな、とコウタは空想する。
明日、同僚に相談しようと決め、その日は伊織のことを考えながら1人でして、ゆっくり眠った。
次の日。
「…というわけなんだけど、やっぱり連休となると難しいよね。」
保護司仲間に早速相談してみる。
仲間達はみんな伊織のことを知っていて、たまにコウタに会いにくる見た目は怖いけど硬派でイケメンで、コウタにはすごく優しい恋人、と認識していた。
コウタは持ち前の穏やかで優しい性格で仲間達や子供達から慕われていた。
そのコウタが他の誰にも見せないような笑顔でいつも伊織を迎えているのをみんな知っていたし、コウタの幸せをみんな願っていたのだった。
「いいわよ。行っておいでよ。いざとなったら派遣の臨時職員入れるし、コウタのためならみんな喜んで働くわよ。子供達もちゃんと分かっていい子にしてると思うわ。みんなあなたが好きだからね。」
サラリと返事が返ってきたのでコウタはビックリして目を瞬かせる。
「えっ…!い、いいの?!夜勤とか、連勤になっちゃうのに…」
「いいわよ。何回も言うけどあなたが幸せなのが1番嬉しいの。遠慮しないで行ってらっしゃい。みんな異論はないわよ。」
他の保護士もそうそう、とうなづく。
「ありがとう…!じゃあありがたくおやすみもらうね。嬉しいなぁ。お土産買ってくるからね!」
子供のようにはしゃぐコウタに同僚達は笑顔でうなづくのだった。
というわけで、コウタは伊織と1泊二日の温泉旅行に行くことになった。
スラムを出てからずっと保護施設で働いていてろくに他の場所へ行ったことのないコウタには新鮮な経験だ。
当日、伊織が車で施設の前まで迎えにきた。
荷物を持って、コウタは職員と子供達に手を振る。
「じゃあ行ってくるね。みんなありがとうね!」
「コウタくん行ってらっしゃーい!」
「先生楽しんできてねー!」
などなどみんな、笑顔で送り出してくれた。
「みんなお前が好きだから、喜んで送り出してくれたんだな。さすがコウタだ。」
運転しながら伊織が言う。
「へへ…。今日本当に休みもらえてよかったです。俺すっごく楽しみにしてて…伊織さんとたくさん一緒にいられるの嬉しい」
助手席でニコニコと始終嬉しそうなコウタ。
「フフ、俺も嬉しそうなお前を見れて嬉しいよ。これ、今日行く温泉街のパンフレットだ。読んでおくといい」
ポンと渡されたのは、今日行くこぢんまりとした温泉街の簡単な歴史や見取り図が書かれたパンフレット。
「はい、えーと、三谷温泉…1000年以上の歴史?!すごい長い!この、街の真ん中にある建物が有名なんですね」
「そうだ。昔から数々の偉人がその温泉施設に立ち寄ったと言われている。建物自体が重要文化財だ。風呂もいいし、開けた二階の座敷で涼を取るのは最高だぞ。そこで出されるお茶もうまいんだ」
コウタはへえ〜!と言いながら目をキラキラさせてパンフレットを見ている。
運転しながら時々チラリとその横顔を見る伊織。
あまりに可愛くて今すぐにでも抱きたくなってしまう。
いかんいかん、と我に返り首を振る。今日はコウタをたくさん甘やかしながら自然豊かな歴史ある景勝地を見せ、日頃の疲れを癒すのが一番の目的だ。
抱くのはちゃんと夜に取っておいて…
なんて考えていたらふと、浴衣のコウタを想像してしまった。
(浴衣…かわいすぎるな…それを、脱がせて…)
「…さん、伊織さん?」
「…あぁ、すまん。なんだ?」
またハッと我に帰って余裕の大人の顔をする伊織を見て、コウタは優しく笑う。
「ふふっ!何考えてたんですか?」
「い、いや、なんでもない。」
絶対に何か考えて1人で照れていたのはコウタにはバレバレだったけど、コウタはそれ以上突っ込まないでおいた。
「そろそろ休憩にしよう。大きなSAがこの先にある。そこで売っているコロッケが美味いぞ」
「えっ!食べたーい!!ちょうど小腹が空いてました!!」
ということで2人はSAに。
当然ながらコウタはSAに来るは初めてなので、その規模の大きさや充実ぶりに感動する。
「伊織さん…!!こ、こんなに広くていろんな商店があって、トイレもおっきくて、ご飯食べるところもあって…いろんな車も沢山停まってて、すごーい!!あ!見てください!!キングPの、ご当地キーホルダーっていうのが売ってます…!!なにこれ!ここでしか買えないんでしょうか?」
予想の3倍くらいはしゃいでいるコウタが可愛くて伊織は思わずコウタの頭を撫でてしまう。
「そうだよ。各地に地名入りのご当地グッズがあるんた。それが欲しいなら買ってやる。他にも買っていいぞ」
「えっ♡やったぁ!ありがとうございます!そしたら、えーと、このキングPご当地ぬいぐるみ欲しいです!」
伊織にキングPのご当地グッズを買ってもらってコウタはご満悦だ。
外の屋台で名物のコロッケを買って、2人でテラス席で食べる。
「すごくおいしい!旨みがたっぷりですね。いくらでも食べれそう」
「美味いな。いくら食べてもいいけど、昼は名物の蕎麦屋に行くからほどほどにな」
心地よい気温の晴天の下、大好きな人と2人で食べる揚げたてのコロッケは美味しい。
こんな楽しい思いができるなんて幸せだな、とコウタは思うのだった。
そのあと2人は昼に名物蕎麦屋に行って舌鼓を打ち、道すがらのSAでソフトクリームを食べたりご当地キーホルダーを買ってもらったりして道中を思い切り楽しんだのだった。
そしてようやく目的地の温泉街に到着した。
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